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エッセイ サンドイッチマニア(名古屋のサンドイッチ)

 昨年末にクリスマスのお話を書いた際、スキを押すと毎日日替わりでお菓子が出る、というしかけを作りまして、それだけのために随分資料集めたり写真をとったりしてしまったので、しばらくまとめ記事を書いています。(すいません)

 今週は名古屋の喫茶店を紹介しています。

 小さい頃、母親と名古屋に行くと必ず寄っていたのが名古屋駅のコンパルです。

 創業昭和22年。
 「店の外から中があまり見えない」「厚手のコーヒーカップ」「ブレンドコーヒーが濃いめで苦味が強い」あたりがだいたい60〜70代の方がイメージする喫茶店なのではないかと思います。コンパルはまさにそんな感じ。母親にとっての「ザ・喫茶店」です。

 ただ、コーヒーを飲みに寄っていたのではありません。このコンパル、お店の壁にテイクアウト用の受付があって、サンドイッチのお持ち帰りができるんです。もちろん、コロナウイルスの流行のずっと前からです。上のリンクにも「コーヒーとサンドイッチ」の文字がありますね。

 今回、せっかくなので大須にある本店に行って来ました。

 お昼少し前くらいで、行列ができていました。後ろに並んでいた親子連れが関西訛りで、観光地なんだな、ということに改めて気付かされます。みなさんよく知ってるんですねえ。

 置き看板にも「コーヒーとサンドイッチ」の文字があります。ロゴが時代を感じさせます。

 食品サンプルのメニューもあります。遠目にもサンドイッチのメニューが多いことがわかりますね。昭和35年に長年レストランに勤務していたシェフをスカウトして本格的なサンドイッチメニューを展開した旨が書かれています。本気サンドイッチメニューです。

 真ん中にあるアイスコーヒーの演出が食品サンプルの真骨頂であります。

 中に入ると、壁にはオレンジ色の電灯がついていて、暖かい、秘密基地みたいな空間です。天井を見ればモダンなシャンデリア。椅子は赤いベルベット。壁は緑色のタイルでぴかぴかです。

 ほとんどがテーブル席で、席の間隔は狭め。古い公会堂や劇場にちょっと雰囲気が似ています。建てられた時代の雰囲気なんでしょうね。

 コーヒーがやってきました。これはね、アイスコーヒーなんです。食品サンプルは伊達に空中に浮いていたわけではありません。濃く入れたホットコーヒーを氷の入ったグラスに注ぐ、コンパルの名物コーヒーです。エスプレッソみたいな酸味のあるとろりとした濃いコーヒーで、母の好物です。一口飲むと一息はいて「あー。おいし」って言っていました。

 来ましたね。サンドイッチです。これは、エビフライサンド。えーと、下から卵焼き、エビフライ、タルタルソース、キャベツです。はさんだパンは軽くトーストしてあります。松任谷由実さんの好物だそうです。熱々で、エビフライの衣がサクサクなのが嬉しい。コンパルには他にも味噌カツサンドなどの揚げ物のサンドイッチがありますが、どれも熱々のサクサクで出て来ます。揚げ物の上にキャベツがたっぷり。お腹がいっぱいになるサンドイッチです。


 サンドイッチの有名店、ということでもう一軒ご紹介しましょう。

喫茶、食堂、民宿。『なごのや』

 店構えをご覧ください。中が見えますね。つまり結構新しいお店だということです。置き看板にご注目。

 タマゴサンド推しです。
 実はこの喫茶店。昭和7年に創業した名古屋最古の喫茶店「西アサヒ」を、地元商店街が中心となって再生させたお店で、西アサヒの名物だったタマゴサンドも受け継いでいるんです。幻のタマゴサンド復活のために、市内に1軒だけ残った姉妹店に調理のポイントを教えてもらったのだとか(参考 「名古屋の喫茶店」大竹敏之 著 星雲社)。

 看板を見てわかるとおり、ここのタマゴサンドはオムレツサンドですね。個人的には「タマゴサンド」といえば潰したゆで卵とマヨネーズのサンドイッチです。これも、地方食のある食べ物だと聞いています。関西の方がオムレツサンド割合が高いイメージです。私は標準的な愛知県民の感覚だと思います。名古屋市内でオムレツのタマゴサンドは珍しいです。

 ここも行列ができていました。こちらは新しい店らしく、受付してから順番がきたら呼び出してくれます。チェッカー模様の床に、細いラインの木の椅子。外国のカフェみたいな洒落た内装です。

 ちょっと緊張しつつ注文して、どきどきしながら待っていると、来ました。

……スパゲティナポリタンが。

……。

いや、だって。鉄板スパなんですからね。鉄板スパのスパゲティナポリタンなんですから。一日中歩いてお腹が減って、ス、スパゲティナポリタンが食べたくてですね……。

 言い訳的な蛇足をいたしますに、「鉄板スパゲティ」も名古屋発祥の食べ物です。実家には、鉄板スパゲティ用の鉄板と下の木のやつのセットが家族分あります。

 そして、さすがというべきか、「タマゴサンド食べに来たのに今どうしてもナポリタンが食べたい」私のような人間のために、ミニサンドイッチセットが用意されています。単品に追加料金でミニタマゴサンドがつくのです。さあ、タマゴサンドをどうぞ。

 卵焼きがころんとしてかわいい。ミニサンドイッチ用に小さく焼いてくださっていますね。きゅうりが一緒に挟まれているのがポイントです。しゃりしゃり、いいアクセントになって、爽やかに食べられます。

 お店のある円頓寺商店街を盛り上げるシンボル的な位置にあるこのお店ですが、商店街の街おこしに喫茶店があるの、なんだかわかる気がします。もう私は名古屋駅にひとりで行けるいい大人で、お昼も他の店に寄ったりするのに、コンパルの前を通ると、やっぱり母と買ったサンドイッチの味を思い出すんです。たまに誘惑に耐えきれなくて中に入って、濃いコーヒーに一息ついて「あー。おいし」って言う。思い出とサンドイッチが直結しているというか、昔あって、今もあるここが思い出そのものというか。
 商店街の方達にとって西アサヒやタマゴサンドはそういう場所だったのでしょう。きっと誰にもそういう場所があるんだと思います。それで、ふと、思いがけない誰かと共有したりして。「あのサンドイッチ美味しいよね!」みたいな。なんであんなに嬉しいんでしょうね、あれ。

 お店ってほんとうは誰かの持ち物なので、勝手な片思いなんですけど、ずっとずっと、あってほしいなあ、と思うお店です。おばあちゃんになって、「変わらないわね」とか言いながら、サンドイッチほおばってコーヒーのんで、言うんです。「あー。おいし」って。

エッセイ No.031