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エッセイ シネマ見ましょかお茶飲みましょか(#映画にまつわる思い出)

 映画デート(そんな言葉があるかどうか知らないが)というものをしたことがない。厳密に言うと別に恋人同士ではなくてもほぼしてきていない。映画はひとりで観に行く習慣がついている。

 自由に映画を観られるようになったのは大学生の頃だ。金銭以上に時間に余裕ができた。中学、高校時代は宿題や家の用事で休日も外出なんてできなかったから。平日の昼間にどうどうと映画を観に行ける。もともと映画好きだった私は興奮した。
 「スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス」を封切りすぐに観に行くことにした。スター・ウォーズマニアではなかったが、旧作はビデオで全部観ている。チューバッカが可愛かった。都会の大きなスクリーンで最新のSFXを観よう。実家から大学に通っていたけれど、贅沢をするのがなんだか申し訳なくて、家族には黙ってこっそりと行った。

 スクリーンいっぱいにドロイド軍団が行進する。アミダラ王女の和服を思わせる衣装が新鮮だ。エイリアンは相変わらずユーモラスで怖くて可愛い。前のシリーズの話をきちんと覚えていなくても、ちゃんとストーリーが説明されていなくても、情報の洪水に流されるがままにあっという間に映画が終わった。楽しかった。大学生って素敵だ。心底そう思った。

「シネマ見ましょか お茶のみましょか いっそ小田急で逃げましょか」
古い歌なんか口ずさむ。『東京行進曲』だ。文系学生なので選曲が渋い。きっと男性を誘惑する歌なんだと思う。とりたててそういう予定はないけれど、今度は友達を誘って来よう。映画観た後でお茶飲んだりするの、きっといい。

 その数日後、誕生日の近づいた母が言った。
「お母さん映画観たい」
 驚いた。あまりそういうことを言わない人だったからだ。ちょうどいいから誕生日プレゼントの代わりにしようと思った。映画に行って、お茶を飲んだりしよう。
「いいよ。何観に行く?」
「スター・ウォーズ エピソード1」
 観た。
 そう言いかけたのをぐっと飲み込んだ。なにしろ誕生日なのだ。
「前のシリーズ、全部観てるからさ」
 母は上機嫌だ。知っていた。そもそも旧作を全部私に観せたのは母なのだ。ちょうどいい。自分に言い聞かせる。ファンの人は同じ映画を何度も観るっていうし、早くてよく分からなかったストーリーもきちんと味わえるかもしれない。

 母の好きそうなランチの店を見繕う。精一杯お洒落をして、また観に行った。

 あれがこれで、これがあれ。
 母親が嬉しそうに映画の話をしながらしゅうまいをぱくつく。来てよかったと思った。ちょっと違う気もするが、「鑑賞後にお茶を飲みながら映画の話をする」も達成できた。満足だ。私からは映画の感想を述べなかった。正直者なので「前に観た」と言い出しかねない。

 「2回同じ映画を観た」がいい思い出になり、話のネタとしてみんなに披露してもいいな、と思い始めた頃入りたてのサークルの部長から電話があった。

「新入生たちとの懇親もかねて、みんなで映画を観に行こう。この日はお暇ですか?」
 手帳を確認する。空いている。
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、おいでよ。みんな来るよ」
「映画、なんなんですか?」
「エピソード1」

 観た。2回も。

 ほとんど叫びかけたが、理性が私を黙らせた。新米がそんな事を言ったらきっと嫌われるに違いない。

「わかりました」

 観に行った。3回目だ。

 鑑賞後、サークルの仲間たちとお茶を飲む。みんなが映画の話をする。私は黙ってコーラを飲んだ。様子がおかしいのに気がついた先輩が聞いてくる。
「どうしたの?」
 上手い返事が思いつかなかった。私は告白した。正直に。
「実は前にもう観たんです。エピソード1」
「うそ? 観てたの?」
「はい。2回」
「言えよ!」

 いつもは控えめな先輩が大きな声をあげる。返す言葉もない。飲み慣れない大きいコップのコーラで冷えたお腹がぐるぐるいった。

「……観たからって断るの、悪い気がして」

 気まずい空気が流れる。私は反省した。二度とこんな嘘はつくまい。しかし、なんだ。誘われた時に「観た」と言ったら言ったで、やっぱり気を使うんじゃないだろうか。めんどくさいな、映画。

「スター・ウォーズ観に行こうよ!」
 今度は教室で友人が言う。
「観た。3回」
「大好きか!」
 友人の華麗な突っ込みが炸裂する。なるべく大袈裟にことの顛末を語りながら私は決心した。もう誰かと映画を観に行こうなどとは思うまい。私は観たい映画を観たいのだ。しかも観るのは一度だけでいい。誰かと一緒にいたいのと、自分が好きなものを楽しむ行為は分けて考えよう。

 それから何度か揺らいだりはしたが、結局今も自分にとって映画はひとりで観に行くものだ。自分の好きなものを楽しみに行くのもひとり。性分なのだ。

 今度の休日はどうしよう。シネマ見ようかお茶のもうか。もちろんひとりで。人付き合いは面倒くさい。
 ……いっそ、小田急で逃げちゃうか。

エッセイNo.039

引用「東京行進曲」 作詞:西条八十