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エッセイ 紅葉より肉団子(#シロクマ文芸部)

 紅葉鳥。「もみじどり」と読むそうだが、なんのことだろうと調べたら鹿のことだそうだ。

もみじ-どり【紅葉鳥】
〔名〕「しか(鹿)」の異名。《季・秋》
※蔵玉集(室町)
「紅葉鳥 鹿 しぐれふる龍田の山の紅葉とりもみぢの衣きてや鳴らん〈後鳥羽院〉」

精選版 日本国語大辞典

 「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき」の句が百人一首にあるので、「鹿に紅葉」は馴染みがある。同じ辞書の「鹿」の項目に下記のような語誌がある。

(1)①は古代からの食用狩猟獣で、猪と共に肉を意味する「しし」の語で呼ばれた。猪と区別して「かのしし」とよび、また「かせぎ」ともいう。これらに共通する「か」が、鹿を意味する基本的な語のようだが、「しか」と「か」の関係は明らかではない。
(2)上代の文献からしばしば登場するが、特に和歌では秋の交尾期に牡の声が情趣あるものとされ、「万葉集」以来萩、紅葉等の景物とも組み合わされて多く詠まれた。鹿猟の一種「照射(ともし)」も平安後期以降、夏の景物として和歌の題材となった。なお、藤原氏の氏神である春日社が、神の使いとして尊重したことも、鹿と日本文化とを関係深いものとした。

※文中①はシカ科に属する哺乳類の総称の語義

精選版 日本国語大辞典

 まだ少し弱い気がする「萩」も代表格に上がってるし。「紅葉鳥」の起源について、「声が鳥に似ている」とする解釈もみた。鹿の鳴き声をYoutubeにあげている方がいらっしゃったので引用しておく。

 確かに、鳥に似ているかもしれない。

 冒頭の用例(時雨ふる〜)は後鳥羽院(1180〜1239)の歌なので能因法師(988〜1050)の和歌に関係がある気がする。

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり

 竜田(後鳥羽院のは山だけど)→紅葉→錦なので、鹿がそれを着て鳥のふりして鳴いている、という連想だろう。

 これは現代人の感覚でしかないが、「鳥」と言えば第一に「飛ぶもの」で、飛ばない四足動物を鳴き声だけで鳥と結びつけるのがなんだかおかしな感じがする。
 四足動物と鳥の結びつきでまず思いつくのは、兎だ。兎を一羽二羽と数えるのは肉食の禁忌を逃れるため、という話だが、鹿も歴史的に食されてきた動物である。(先ほどの語義にもその旨の記述がある)そして鹿肉の異称は「紅葉」だ。

さればさ、もみぢのすいものをくっているおりすけをみるようでござる

洒落本・蚊不喰呪詛曽我(1779)

 同じ辞書からの孫引になってしまうけれど、鹿肉としての「もみぢ」の用例である。(鹿肉のお吸い物ってなんだろう)単純に、赤い肉(牛肉や猪肉)を「もみぢ」と呼んだ例もあるようだ。どのくらい使用頻度の高い言葉なのだろう。

「紅葉鳥」をなんとか文章に使えないものかな、と散々考えたのだけど、「紅葉に隠れて鳥みたいに鳴いている」のシチュエーションがどうも思いつかなくて困った。鹿を動物園か奈良公園ぐらいでしか見たことがないのだ。

 それよりも
「これは(鹿ではなく)紅葉鳥(という名の鳥肉)」と言い訳して鍋を突いている食いしん坊の姿ばかりが脳裏に浮かぶ。自分の食い意地の証明のようで嫌になる。花より団子、ならぬ紅葉より肉団子。風雅は遠し食欲の秋。

エッセイ No.083


小牧幸助|小説・写真さんの #シロクマ文芸部 に参加しています。
今週のお題は「「紅葉鳥」から始まる小説・詩歌・エッセイなどを自由に書く」です