見出し画像

環境整備

少年院は,いうなれば全寮制の学校だ。

衣食住と医療が整備され,集団生活や法務教官との関わりの中で…健康な心身・義務教育レベルの学力・社会で健全に生きていくための習慣と価値観などを身につけていく。

少年院は…基本的に,
一度入れば出院まで塀の外に出ることはない。

施設の環境は,彼らの環境のすべてだ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

少年院送致は「保護処分」で…

送致された事実はもとより,その他の「少年院にいた」という情報は一切公表されない。

だから,

塀の中に入れるのも,基本的には公務員だけだ。部外者が中に入る時には,原則として少年たちとは接しないよう配慮するし,名札なども隠す。

設備が壊れた時など…外部の業者を入れて工事を行うのはけっこう大変な作業だ。

だから,施設内の環境整備も可能な限り法務教官が行う。

そして…

どこの施設でもほぼ間違いなく職員(法務教官)がやっているであろう大きな仕事の1つが,芝刈りだ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

少年院は大抵,田舎にある。

住宅街を離れ,広い土地にグラウンドや農場などを備えて設置されていることがほとんどだ。

また

無機質な空間とならないよう,敷地内には植栽も多く…花壇の手入れを行っている施設も少なくない。

春になり,芝生が伸びる季節になると…職員は草刈りに追われることになる。

大抵,どこの施設にも芝刈り上手がいて…様々な芝刈りマシンを使いこなすベテラン職員がいる。

子どものことばかり考えて芝刈りをおろそかにする若手は,時々…そうしたベテランからお叱りを受けたりもする。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

何も芝刈りに限った話ではない。

寮や教室の床…
部屋の畳や棚…
網戸のほつれ…
少年たちの衣服…

子どもの内面の変化によく気がつく職員ほど,そういう環境の乱れにもよく気がついてる。

可能な限り少年たちに整備させるのも教育の一環だけれど,どうしても職員がやらなければならないことは少なくないし…

それを放置すると,そもそもの教育活動にいずれ支障が出る。

雑草だらけのグラウンドで体育をやっても気持ちのいい時間にはならないし,壁が汚れていたら落書きしたくなるもんだ。

少年院の中で…非行少年たちが結託して職員に反抗し,手がつけられなくなったケースは,この20年くらいの間にも何度かあった。その度に騒動の概要や対応などが研修で共有されるけれど…

大抵の騒動は,生活環境への配慮が不十分なことにも原因の一端がある…というのが,現場の先生方の共通認識だ。

割れ窓理論にもあるように…生活空間の整備や整った衣食住は,やっぱり教育の前提として大切なものらしい。

僕はわりとズボラな人間だけれど,1年目に言われた「ゴミを跨ぐ職員にはなるな」という言葉を胸に,可能な限りきれいな環境の維持に努めてきた。

1年目の僕に芝刈りを教えてくれたゴリラみたいな大ベテランには,とても感謝している。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

ここからは僕個人の考え方の話…
若手法務教官や若手教員向けです。
(ちょっとブラックです)

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

法務教官というのは大抵,非行少年と向き合うことに熱意のある人達が就く。必然的に,空いてる時間は子どもたちとの面接などに時間を割く。

時には自分の休み時間すら面接やコメントに割くくらいで…それは間違いなくこの国の矯正教育における最大の武器で屋台骨だ。

だけど…

子どもと向き合うことに熱をあげるあまり,環境整備には意識が向かないのが若い先生のよく陥る罠だ。

それは,子どもにとって不利益という話だけではなく,職員集団において自分にも不利益になるんだ。

法務教官は交代制勤務。

自分の担任を自分以外の誰かが指導する場面はたくさんあるし,そもそも少年院という枠組みがなければ自分が指導することもできない。

つまり…

法務教官が現場で充実した指導を展開するには,子どもと向き合うだけでなく…職場に貢献し,職場の人間関係の中できちんと信頼を勝ち取ることがとても大切なんだ。

いくら個として力があっても,チームの一員としての働きができなければ…いざというときに十分な対応が取れなくなる。

そして…

若手職員が,法務教官のチームの中で信頼を勝ち得る最良の手段が…この環境整備なんだ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

僕は若手の頃から,少し時間が空いたら芝刈りを行ってきた。

勝手にやってもいいことだけど,あえて一度事務室に寄り,あえて一言ベテラン教官に相談した。

「先生,ちょっと時間空いたんで芝刈りやろうと思うんですけど…どこからやったらいいですか?」

その目的は許可を得ることでも,作業場所を訊くことでもなく…「僕はチームのために働いてますよ」というアピールだ。

姑息だと思うかい…?

でも3分もかからないその一言で「アイツはよくやってる」と言ってもらえて,なんなら芝刈り後にジュースがもらえ,自分のピンチに手を貸してくれる味方が増えるなら…

絶対にやった方がいいんですよ。

別に毎日やれって話じゃないんだ。2週間に1回…
いや,月に1回でもやれば効果はある。

それで,ベテランが応援してくれるようになる。

「忙しいのに悪いな」って言ってもらえるようになる。

職場に確実に自分の居場所ができて働きやすくなるし,思う存分子どもと向き合うことができるようになる。

そもそもね…

僕らが向き合ってる非行少年たちは,ゼロから社会で居場所を作らなきゃいけないんでしょ?

低学歴で教養がなく,
履歴書には空白期間がある…

そんな非行少年が,社会で居場所を作るにはどうしたらいいと思います?

やっぱり職場や家庭に貢献することから始まるんですよ。

空いた時間にトイレ掃除する新人…
帰ってきたら玄関で家族の靴を揃え,
家を出る時にはゴミを出す息子…

そういう振る舞いができる新人
そういう振る舞いができるわが子なら…

居場所ができると思いませんか?

自分が職場で居場所を作る努力をしなかったら,どうやって子どもたちに居場所づくりのアドバイスするんですか?

まさか…

「ありのままのお前を認めてくれるところを探せ」とか言いますか?

なんの保証もない「お前を受け入れてくれる人たちがきっといる」なんて言葉で終わらせますか?

試行錯誤を繰り返す前に再非行して終わりですよ。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

法務教官はプロアスリートじゃない。

サッカー選手なら,試合で良いプレイをすることだけ考えてればいいのかもしれない。

でも,法務教官はそれじゃいけない。

バックヤードも法務教官の仕事で,
チームのマネジメントも仕事だ。

子どもと向き合う時間だけで仕事してるつもりになってるとしたら…それは三流の仕事だ。

そういう人間では,向き合ったって大した指導はできない。

独りよがりな指導をして子どものテンションを上げるだけで…社会の中で確かに生き抜く力をつけることはできない。

僕はそう思っています。

月に一度か二度の…たった30分の雑用が自分の居場所を作ることになる。そう身を持って示せる法務教官であってほしいと,僕は思います。



放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。