清水ハイネ

傷口に塩水。詩とか小説とかを気が向いた時だけ書く

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星を造る日

さよならも言わずに別れよう それが私たちには相応しい 名前をつけようなどと烏滸がましい 報われたいなど厚かましい 端から救われていたのに どうして忘れていられたのか それも愛と識っていた きっとあなたは見えていた 私は聞こえぬふりをして そっと手を振っただけ 足掻いた日々は遠くひかり 瞬く星を見上げては 思い出せない言葉を思う あの日は雨が降っていたから 差した傘に理由はない さあ咲って、祈って、謳って もう一度だけ同じ電車に乗ろう 泣いて、燻って、そっと眠って あの

    • ハンドクリーム

       君の右手はいつも荒れている。水仕事を担ってくれているのだから当然なのだけれど、何故か左手は綺麗なまま、右の人差し指と中指の間の水掻きが白く割れてザラザラになっている。最近の私の仕事は、そこにハンドクリームを塗ることだ。  私はハンドクリームを塗るほど丁寧な暮らしをしていないのでそんな習慣はないのだが、さすがに痛みがあれば薬はつける。だが、君はというと痛みはあるはずなのに面倒が先に立つらしく、目立つようにテーブルに置いているのに、全く自分では塗ろうとしない。  何故、と思いな

      • 自縛

        いつか どうせ 避けられないなら 今 選択してもいいのでは 晴れた空に雨傘を差す 開いていた扉を閉じる 融ける 溶かす 溺れる 忘れる たった一度だけ息を止めて 伸ばした手を引っ込めて 最後に振り返る景色を 私はきっと何度も見るのだ

        • 一杯のカモミール

          陽が落ちると部屋は寒くて 悴む指の先よりも 静まった空に瞬く星のこえが 眠りを遠ざけるのだ キッチンの隅で身を潜めた カモミールを捕まえて ポットの底に、ひとつふたつ 妖精は来ないから 彼らの分はもうない 透明でつめたい夜を沸かして 今日も、白い朝を待つ

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          not for me

          届かないと知って星に手は伸ばさない 眠い時に寝たいだけ寝て 君の温いからだに顔を埋める 特別何かを望んだわけじゃなく ただ君と一緒にいたいだけだった それがどうして 誰かの障害になり得ただろう 求められたように育てなかった どこで身につけたのかも覚えていない価値観が いつの間にか軋轢と失望を生んで、膿んで それでも、私は走るのだ 振り返ることもできずに、君と

          夢浮橋

          突然話し始める癖があるひとだった 資料を机いっぱいに広げて 半分は私のため 満面の笑みに自惚れは否定されて それはひとときの夢 数年ぶりの邂逅は一方的で もう顔も忘れたはずだ ただ、私だけが覚えているのを どうして責められる必要があるのか 二度と会えなくて良かったのに

          ロングスリーパー

          眠る。 朝まで、昼まで、夜まで 悲しいことが思い出せなくなるまで 疾うに失ってしまった引き出しの 仕舞い込んだままだった本の栞 それを未だ、探している あの日に帰れたら きっと眠らずに電話をかけて、 終電に乗って会いにいこう 月で出来た影の中、 君の遺骸に焼べてしまった 希望のひとひら

          ロングスリーパー

          See you in the morning

           わたしたちが一線を越えるのは、絶望した時ではなく、一線を越えた向こう側にのみ希望を見い出した時だ

          See you in the morning

          [掌編] 夜間作業3

           早朝4時、私は真っ青な顔で真っ黒な画面を見ていた。  ──操作、しくじった。  ロールバックをしなければ、そうは思うが手が震える。大丈夫、これは本番じゃない、検証サーバだ。トランケートしたわけでもなし、慌てるようなことじゃない。分かっているものの久々の失敗に動揺する。 「……大丈夫か?」  あまりにも酷い顔をしていたのだろう、見かねた彼が私の画面を覗き込んだ。私は端的に伝える。 「間違ってレコードを追加しました。なのでこれからロールバックするのですが、練習以外では初めて

          [掌編] 夜間作業3

          薄明薄暮

          落下していった夕暮れの向こう 未だ見ぬ今日は道連れ 多分私は少しだけ飽いた 終わらない仕事と、 折り合いのつかない人間関係に 判然と過ぎた時間について 不出来な頭にも付き合い切れない 何者にもなりたいと思わなかった私は 恐らく最初から私というイキモノで 残念ながら、 唯一ではなく外れ値の 小さな螺子だったわけだけれど 憂鬱と諦観のカクテルを飲み干して 薄青の部屋と明け方の空 大気が透き通るこの季節は 凍る夜空と遅い朝だけが 私には必要だった

          Goodnight, xxx.

          いくつかの後悔と、夢にまで見た失意を胸に 凍えるような朝日の下 これが最後と顔を上げた 最初から 生まれ落ちたその時には 恐らく既に持ち得なかった 誰が悪いわけではないし、故に救いもなかった いつかと思い描くには 己が性質と限界を理解していた 何度も、何度も、浅はかに 考えてはやめるのを繰り返した それを、本当はそうしたくないのだと どこかで信じていたかったけれど 結局のところそうではなかった ただ、事後処理の有耶無耶が 億劫だっただけだと知った 何度も、何度も、愚かに

          Goodnight, xxx.

          しゃべるピアノ

          「なにか面白い話をして」  目の前のグランドピアノは、いつものように少年にそう話しかけた。少年は言葉を発することが出来ないため、困ったように笑うだけだ。細い指を鍵盤の上において、楽譜もなしに音を紡ぐ。  『彼女』は彼に奏でられるまま弦を鳴らした。彼女は彼が好きだった。初めて弾いてもらったときからずっとそう。好きだったから、彼の声が聞きたかった。彼女は楽器である、好きになる基準など楽器の扱いと音に決まっているのだ。 「ねぇ、話さなくていいから歌ってよ」  少年にとってなんの代替

          しゃべるピアノ

          わがはいは猫である

           吾輩は猫である。名前はもうない。生家には既に人はなく、今は他人様の土地を間借りしては変える日々である。  というか、周囲に人の姿がないのだ。吾輩のような犬猫は少なくない。最初は他の動物もいたのだが、種によって生存のしやすさは異なる。野良が存在する種でなければ長く止まるのは難しいのだろう。とはいえ、我々も飼い猫と較べれば格段に寿命は短いのだが。  人々は一体どこにいってしまったのか。時折食糧が道の真ん中に置かれるし、排泄の始末もされているように思うが、その姿はとんと確認出来な

          わがはいは猫である

          [掌編] 夜間作業2

          「疲れたか?」  濡れた傘を手に、上司は問いかけた。 「疲れてないと言えば嘘にはなりますね」  でも大丈夫です、と言えば、彼はそうか、と答えた。微かに漂う煙草の匂い。 「リーダーは、飯食べないんですか?」 「俺はゼリー飲料で充分だからな。味なんかわからん」  彼はいつも、キーボードを叩く合間にそういった簡易食料を食べていることが多い。あとはショートブレッドに似たブロックタイプのものなどだ。まともな食事を摂っているのは、ほとんど見たことがなかった。そんなだからガリガリなのだろう

          [掌編] 夜間作業2

          実装が全然終わらない。思った通りの動作が行われなくて死にそう。頭が痛い。眠い。

          実装が全然終わらない。思った通りの動作が行われなくて死にそう。頭が痛い。眠い。

          [掌編] 夜間作業

           霧雨の降る中、ビニール傘を差してコンビニから会社へと戻る。時刻は深夜2時、働く側の人間としては損しかしない、長い休憩時間だ。私はふあ、とあくびを噛み殺し、暗いオフィスの扉を開けた。  入ってすぐ右手にある島が、私の部署である。その一番奥に腰掛けた男が一瞬だけ顔を上げた。 「バッチ処理終わったよ」 「ありがとうございます」  上司である彼はPCの画面を見たままだ。顎に手をやりソースコードを追いかけている。  バッチ処理が終わったら、次は取得できたデータの解析だ。一体いつになっ

          [掌編] 夜間作業