井戸

 子供達が紐の端に小石を結び付け、井戸の中へと投げ入れる。小石は乾ききった井戸の底で硬く澄んだ音をたて、淡い砂塵を僅かに覗く空に立ち登らせる。雨が降らなくなってから久しい。かつては果て無き地をその足で巡った男だった何かが、音がした方向をたよりに這いずりでる。冷たく滑らかな岩肌に鈍い光を放つ影の塊が滲む。瘡蓋に覆われた皮膚に堆積した渇きはあまりに眩しく、薄くひび割れた瞼を開くことができない。

 子供達の小さな頭に縁取られた天蓋の明かりが孕む暗闇に、枯れ落ちた腕はまるで孵化したばかりの透明に輝く蜘蛛のように蠢いて、探り当てた小石をゆっくりと歪んだ脛椎に垂れ下がる裂け目に導き入れた。舌の欠けた無へと繋がる空虚な口腔に包まれて、小石が微かに息の漏れる朽ちかけた喉を潤わす。生まれくることのなかった嗚咽に似た咀嚼が幾度となく繰り返され、遠く流れ去った地の記憶が貪られた朧な胸に滴った。

 子供達は少しずつ紐を引き上げる。小石は半ば瞳となった唇から零れ、その裡に宿る限りない稜線で遥か届かぬ光を覆い尽くす。つかの間に生じた純粋な闇、その深い静けさは再び視界を引き裂く太陽に破かれる。ようやく手繰り寄せられた小石を紐から解き、子供達はそれを耳に当てる。褐色の肌に焼き付けられた日は、全てを現実へと曝けだす。聞こえてくるのは無垢な手に宿る柔らかな鼓動。そして芽吹くことなく、小石は投げ棄てられた。

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