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#31クソみたいな日に名前を付けるなら⑤

鼻に残るホワイトワインの香水

お酒を片手に高校生の日常を題材にした小説を読んでいた。
Apple Musicのプレイリスト「寝る」を聴きながら流した時間。
この時間だけ僕は学ランを着ていた。
懐かしさに深い息を吸った。
またあの匂いが鼻を通ってきた。

高校3年生の受験勉強真っ只中、僕は恋をしていた。
花火の打ち上がっているアスファルトの真ん中で想いを伝えた。
浴衣姿の彼女は麗しかった。

「勉強に集中したい」
そのひとことで僕らの関係は終わりを迎えた。
それが嘘か本当かどうでもよかった。
僕らは本気で愛し合った。
そう自覚できたから。
それでも、悪い噂は沢山聞いた。
やっぱり、何が本当のことなのか分からくなった。

1月の終わりだった。
センター試験が終わって僕らは同じ英語の講座を取っていた。
彼女は相変わらず申し訳なさそうな顔を見せていた。
話しかける勇気もなく、ついに講座の最終日を迎えてしまった。
いつも教室に入ると座って黙々と勉強していた彼女。
その日は僕の方が早かった。
そして、僕の近くの席に座った。
初めて手を繋いだときのように、こころが跳ね上がった。
口から心臓が出てきそうだった。
懐かしい香りがしたからだ。

打ち上げ花火から3日後、僕らは川のほとりの街で一緒にいた。
そこで同じ香りの香水を買った。
香水を付けている彼女は画になるほど美しかった。
人生のハイライトは高校2年生の冬。
離れない幸せを手に入れたと思ったのは高校3年の夏だった。
頭髪検査のせいで丸刈りになったやつでも幸せになれることを知った。

そんなことを講座中に思い出していた。
彼女が幻のように儚く感じた。
僕の人生の中から消えていく瞬間を見た気がした。

「さよなら。思い出は少ないけど人生の中で1番心が動かされた1ヶ月でした。ありがとう」

それすら伝えられなかった。
ホワイトワインの香りは授業が終わった後にもう一度、授業前よりも強く香った。
消えてしまった彼女の残り香。
2年経った今でも鼻を通ることがある。

彼女のLINEはその講座後に消えていた。
受験後にSNSから彼女と連絡を取ろうとしたけど、大学生になる彼女と浪人して新潟に残る僕。
過去に引きずり戻してはいけないと思ったから、連絡はできなかった。
彼女にとって僕は過去の人だろう。
今でも僕は過去にできないまま。

大きなため息をついた。
消えない残り香をかき消すように、イェーガーを流し込んで布団に潜り込んだ。

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