見出し画像

私がカウンターに立つ理由

写真を囲んで、みんな笑って思い出話をしながら飲んでいる。
あれからもう、丸2年。

⭐︎

うちのお店のオープンの時から、ずっと通ってくれていたSさん。
沖縄生まれで恰幅がよくて、カウンターの真ん中が好きで、お酒飲んでみんなと話すのが好きで、世話好きで。

『イチャリバチョーデー』を体現したような人でした。
イチャリバチョーデーは、“一度会えば皆兄弟“ という意味のある沖縄の方言なんだって。
「お店に初めて来るお客様は、お店の人だけじゃなく常連のみんなでもてなして、みんなでお店のファンにするものなんだ。」
そう言ってみんなに話しかけたり、隣のお客様に当たり前のようにご馳走したりしていたので、お店のオーナーだと勘違いする人もいるくらいの存在感で。

時には、頑固なところがある私は、話をしていてSさんと意見が食い違い、お互いに譲らないから、『ほんと頑固だからねぇ』と半ば呆れ顔で言われたりもしたな。

2年前のあの日も、いつもの席でいつものように、周りの人と談笑し、いつものように帰って行った。
唯一違っていたのは、会えるのはその日が最後だったということ。

⭐︎

長い間お店をやっていると、お客様が転勤したり、結婚したり、子供が産まれたり、まだちっちゃかったお客様のお子さんが社会人になって飲みに来てくれたり、転勤から戻ってきたよと挨拶に来てくれたり。
本当にたくさんの沢山の方の人生のストーリーを近くで見せてもらう事になる。

それぞれの人生を過ごしている人達が、偶然お店のカウンターで同じ時間を過ごす。というのは奇跡のようなタイミングなんだなぁと、いつも思います。こんな奇跡の瞬間に立ち会えることが、私の喜びでもあります。


以前、私はお店の料理とお酒をまとめた電子書籍を出させてもらったことがあって、その時「あとがき」にこんな事を書きました。

“たまたまその時に居合わせた人達で作り出される空間は本当にライブのようなもの。毎日同じようにお店を営業しているように見えて、1日として同じ日はないのです。
私自身、よく飲みに通っていたお店で誘われ、今の仕事をしているのですが、お店での出会いで人生すら変わってしまうこともあるもの。
私にとって何でもない1日が、誰かにとってかけがえのない特別な1日になるかもしれない。
美味しい料理と美味しいお酒。そしてそこにいる「人」。
それこそが最高のスパイスとなって人生を豊かにしてくれます。”

仕事から家に帰る前のひととき。
ちょっと寄って、オンとオフのスイッチを切り替えるタイミングにしてもらえるといいな。
今日あった楽しかったこと、辛かったこと、みんなに話してもいいし話さなくてもいい。ただ誰かが近くにいてくれるだけで、ホッとしてあたたかな気持ちになれるから。

⭐︎

Sさんがボトルキープしていた泡盛の「くら」は、数年前にボトルのリニューアルされて、キャップも黒いプラスチックのものから金属のものになったのだけど、Sさんは以前のボトルデザインが好きで、新しくボトルを入れてもキャップは黒のものをずっと使っていた。
そのキャップも、ボトルキープのタグも、愛用していたグラスも、今でも他のお客様が引き継いでずーっと使ってくれている。
きっと喜んでくれていることでしょう。

Sさんは今夜もきっと、いつもの席で、みんなの話を聴いて笑って飲んでいるのかな。
大好きだった“くら”と、ジャックダニエルのハイボールを飲みながら。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?