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短編|アクションコメディ|市街地防衛戦-17-

「この前の事件なんだけど、解析チームが調べた結果、モー・ショボータイプという珍しい型のケーラーだったみたい」

 時刻は昼下がり。
 この日、六人は揃って食堂の無味乾燥なテーブルを囲んで昼食を取っていた。誰か彼か出動していることも少なくないし、そうでなければ各々自分の時間をすごしていることも多い。全員揃っての食事は意外とそうはない機会であるため、ノーチェはそれを口に出したのだ。

「モー・ショボータイプ? 聞いたことのないタイプですね」

 ノーチェの言葉に真っ先に食いついたのは、知的好奇心が旺盛なミルティッロだった。

「少女の姿に擬態して男性を誘い出し、近づいてきたところをくちばしで攻撃して……」
 そこまで言ってノーチェは言葉をとめた。この先は食事中に相応しい内容ではなかったため、皆のようすが気になったのだ。

 周りを見てみれば、ちょうど、ノーチェの対角に座るロッソが嫌いなものを隣のアズールの皿へ、アズールは嫌いなものを隣の千歳の皿へと移す運搬作業に勤しんでいるところで、真向かいの千歳は「子どもじゃあるまいし!」とふたりをたしなめていた。

 ノーチェの右隣に座るジネストゥラはノーチェの皿に手を伸ばし、自分の好きなものを当然のように奪取しようとしている。

 左利きのノーチェは皆の邪魔にならないように意図的に一番左側に座るのだが、他の五人には特に理由もないはずなのに、揃ったときはなぜかいつもこの席順だった。

「それで──?」

 ジネストゥラを挟んで横に座るミルティッロが身を乗り出して、眼鏡を押し上げる。彼には食事よりも話の方が重要なようだ。

 ノーチェはいつもどおりの光景と反応にちょっと笑って、続ける。

「頭蓋骨に穴を空けて、脳髄をすするという性質の悪いタイプらしいです。最後に出現を確認したのは、もう三十年も前だとか」

 話しながら視線を落とせば、ジネストゥラがもの欲しそうに皿を見ていた。どうやら、自分が選んだものよりもこっちが食べたくなったらしい。ノーチェは何もいわずに自分の皿とジネストゥラの皿を交換してやる。

「しかも、精密な解析の結果、パターンはΨ(プシー)。あの場にロッソがいなかったので、戦闘状態になればかなり手こずることになるはずでした」

 Ψ(プシー)の場合、最大効果のある攻撃をするのはロッソだが、市街地調査に出ていたのは、ジネストゥラと千歳とアズールの三人だ。三人に限っていえば、千歳の左手のクローがやや通り、ジネストゥラの大鎖鎌がわずかに効く。ジネストゥラに次いで攻撃力の高いアズールの太刀は全く効かない。

「ジネ、大手柄だったね」
 にっこり笑って頭をなでるノーチェにジネストゥラはご満悦のようすだった。

「あいつ、なんで分かったんだ?」
 スプーンをくわえたまま、ロッソがアズールに訊く。アズールはそのまま視線をとなりの千歳に移した。

 分かったというよりは、独占欲とか対抗意識とか嫉妬心とかいろんなものが混ざりあい、爆裂した結果にすぎない、と千歳はジネストゥラの目にふれないよう、アズールの背中ごしに声を小さくして答えた。

「はあ? なんだ、それ?」
 とりあいず、確かなことはあの日以来、ジネストゥラのわがままぶりとあざとさには磨きがかかっている。

「ま、終わりよければすべてよしなんですけれどね」

 そうは言ったものの、千歳が浮かべた表情はいささかくたびれたものだった。

 その後はとりとめもない話をしながら、六人が揃った和やかな食事時間がすぎていく。ロッソとアズールが、食後の腹ごなしにシュミレータールームに行こうかと言い出したとき、白い無機質なテーブルのうえに几帳面そうに置かれたノーチェの端末が、耳慣れない音を大音量で響かせた。

 一同が手をとめ、口をつぐむ。
 ノーチェの体を緊張感が包み込んだ。

「緊急招集だ。行こう」
 六人は音を立てて椅子から立ち上がり、ブリーフィングルームへと急いだ。

 一同がブリーフィングルームについたとき、部屋は騒然としていた。複数の計器が警告音を鳴り響かせる間に、慌しくキーボードを叩く音が鳴る。怒号が飛び交い、何人もの人間が行ったり来たりしていた。

「なんだ、これ──」
 ロッソが言葉を失ったのは、室内の有様のせいではない。

「なぜ、452区でこんなにケーラーが」

 部屋の中央に据えられた十二分割された大型モニターに映っているのは、魔物によって破壊される住居と商業施設。そして、恐怖に秩序を失って逃げ惑う人々の姿だ。その場所が、重要な居住地区である452区だとすぐに分かったのは、先日調査のためにアズールとジネストゥラを伴って赴(おもむ)いたばかりの千歳だ。

「全部で四体か?」

 十二通りの映像の中身をひととおり確認したノーチェが声を上げる。解析チームはまだ確認が取れていない、と答えるだけだった。

「あ! この前の警部さんだ!」

 一番右下に映し出された映像をジネストゥラが指差すと、千歳が顔を曇らせた。若い警部は懸命に職務を果たそうとしていた。

「パターン解析終了までの予測時間は?」
 モニターを鋭く見据えたままノーチェがふたたび問う。

「数が多いので、十時間はかかるかと」

「そんなに待っていられるかよ! 十時間も待っていたら452区が壊滅しちまう」
 一同の声を苛立ちを隠さずに代弁してみせたのは、ロッソだ。

「……壁」

 低い声で吐き出されたアズールの呟きを拾い上げ、ノーチェはその視線のさきを追った。分割された画面のひとコマに目をとめて、信じられない、というように眉をひそめる。

「まさか、こんな状況で隔壁封鎖しているのか」

 細かく分けられた居住区はそれぞれ囲うように巨大な壁が地下に備えられている。有事の際に出現させ、外敵から地区を守るために設けられているものだが、今は意味が違う。

「上からの指示です」
 映し出されていたのは、避難場所を見失って地区を隔てる頑強な壁を叫びながら叩く住民の姿だ。

「シェルターがあるとはいえ、これは」

「この状態では冷静にシェルターに避難など、無理でしょうね。マニュアル的には正しい処置だとしても、当該地区の住民としてはたまったものじゃない」

 ミルティッロが口の端を歪め、皮肉げに言う。
 ノーチェはぎゅっと拳を握り締めた。

「すぐに出る」

「しかし、数が多いうえ解析も全く進んでいません。危険です」

「だからといって、ここでこのまま見ているなんてできない。パターンの予測は現場で我々が手ごたえをみながら行う」

 簡易的でもかまわないので解析を急ぎ、出来しだい情報を端末に送ってくれと頼み、ノーチェはデスクのうえにある通信機をとってCALLボタンをタップした。要請したのは、医療チームの待機だ。

「危険は大きい。でも──これで、いいよね?」

 ノーチェが一同を振り返ると、異を唱える者などもちろん、ひとりもいなかった。それどころか全員がノーチェのその決断を待っていた。

「よし、行こうか」

 準備室で装備を整え、地上へ出るための昇降機内でノーチェが作戦の手筈を伝える。

「現場に着き次第、七番障壁を開放して中に入る。七番障壁付近を仮のベースとしてチトセさん、ロッソ、ジネ、ミルさんは待機。私とアズールで索敵してパターンの予測をつけつつ、パターンΣ(シグマ)と思われる小型のケーラーは可能であれば同時に排除する」

 昇降機が駆動音をひびかせながら、六人を地上へと運ぶ。

「全体がおおよそ把握できたら、いったんベースに戻る。それから班編制して排除行動に移る」

 ガタン、とひとつ大きく揺れて昇降機は停止した。開いた扉から垣間見えるのは鉛色の空だった。

「第112ケーラー対策特殊部隊、A-452区防衛に出動する」


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