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短編|アクションコメディ|気をつけろは前振りじゃありません-19-

「Ϸ(ショー)から行きましょう。隙をついて私が仕掛けるので、足が止まったらジネちゃん、拘束してください」

「りょーかいっ」
 語尾をあげたジネストゥラ独特の言い方に、千歳は目を細める。

「じゃあグリュプスを集めてきます。ロッソ、ジネちゃんを頼みますよ」
「おうよ」

 目標であるパターンΨ(プシー)、Ϸ(ショー)、Χ(キー)の三体のグリュプスが近い位置にいることを確認した千歳は、ロッソとジネストゥラを物陰に待機させ、ひとりで飛びだした。
 自ら囮(おとり)となって、三体を一箇所に集めるつもりだった。

 平時ならば一体ずつ分断して始末するが、今は孤立させることよりも集めることのほうが重要なのだ。任務遂行に制限時間があるため早急に片付けなければならないし、ノーチェ班がいる方にグリュプスが行ってしまっては困る。この三体──特に、パターンΨ(プシー)とϷ(ショー)はノーチェ班のメンバーではいずれも相性が悪い。

 三体を集めた場合のリスクとしては、大型武器を扱うため回避が得意ではないロッソとジネストゥラの危険が増すことだ。ただ、ふたりにはそれを補って余りあるほどの高い攻撃力がある。千歳が選んだのは、それを生かし、速攻で始末するという作戦だ。

 代わる代わるに滑降し、鋭い爪でひっかけて引きずり倒そうとする三体のグリュプスの攻撃を、千歳はひらりひらりとかわす。
 ひとりで三体もの攻撃を回避しながら誘導するなどという芸当は、六人のなかで千歳だけが可能だった。

 千歳は右手にオレンジ、左手に濃いグリーンのストーンがはまったクローグローブを武器としている。六人のなかで唯一全パターンへ攻撃が通るという特性を持つばかりか、一番リーチの短い武器を両手で扱うため、回避が誰よりもうまいのだ。

 宣言どおり、ロッソとジネストゥラが待機していた位置まで難無く魔物を集めてきたその姿に、回避の不得意な赤黄の二人組はなんともいえない表情を浮かべ、顔を見合わせた。

 ノーチェやアズールのように目に見えて素早いというわけではないし、ミルティッロのように最小限の動きでかわすというわけでもない。千歳の動きは一見のらりくらりとしているのにどこか優美でもあって、誰にもあれは真似できないのだ。

 ロッソとジネストゥラが飛び出すと、鷹の上半身とライオンの下肢を持つグリュプスタイプの魔物は一斉に翼を広げて飛翔した。

 上空で旋回しながら隙をうかがい、爪をかけ、くちばしで穿(うが)ってやらんと次々と滑降する。

 ノーチェによって黄色の塗料でペイントされたグリュプスが滑降してきた瞬間、千歳は身をかがめてすれすれのところで回避し、体を反転させた。

 緑色の玉のはまった左手のグローブから伸びた爪が、ライオンの後ろ足を深くとらえた。バランスを崩し、上昇するのを諦めて着地する。

「ジネちゃん!」
 千歳の合図にジネストゥラは分銅を投げた。

 いつもはアンダースローで投げる分銅を、サイドスローで投げる。

 分銅を重しにして向心力がはたらき、鎖がライオンに似た足に絡みつく。ジネストゥラはそれを力いっぱい引っ張って、引き倒した。

「えいっ!」
 倒れた瞬間、大きく一歩跳んで前進し、死神を彷彿とさせる三日月型の刃で胴体をかき切る。

「ほらよ!」
 千歳が声を上げるよりも早く、ロッソが心得ているとばかりに、赤い玉のはまった大斧を鷹の頭をめがけて思い切り振り下ろす。

 パターンϷ(ショー)にはロッソの攻撃はわずかに効く程度だが、もともとロッソの攻撃力は六人のなかで一番高い。パターンが完全に適合していなくても有効だった。

 ひるんだ魔物に、止めを刺してやろうとロッソとジネストゥラが構えなおしたとき、背後から滑空してきた別のグリュプスがロッソの頭を狙う。

「ロッソ!」

 もう一体のグリュプスにかかりきりだった千歳が叫び声をあげた。

 ロッソはすでに振り下ろしてしまっていた大斧を今度は勢いよく振り上げ、そのまま反動に乗って体を大きく反らせた。逆側の刃で、背後から襲い掛かろうとしたグリュプスの頭を叩き切る。

 身のほど知らずにも背後からロッソを襲おうとしたのは、ロッソの攻撃が最大効果のあるΨ(プシー)のグリュプスだった。

 悲鳴のような鳴き声をあげて、ペイントのない魔物は空へとまた飛び立った。
 その間に、ジネストゥラの三日月型の刃によって連続攻撃を浴びせられたパターンϷ(ショー)のグリュプスは、早くも姿を消していた。

「残り二体か──」
 上空を旋回する二体のケーラーを見上げながら千歳が呟く。

 ここまでは順調だった。ただ、グリュプスが警戒心を募らせてなかなか降りてこなくなると、厄介だった。上空にいさせる時間が長くなれば、それだけ討伐に時間がかかってしまう。滑降してきたときを逃さず、落としたかった。

 ペイントのないグリュプス──パターンΨ(プシー)が鋭く降りてきて、千歳とジネストゥラは身構え、ロッソは大斧の柄を握る手に力を込める。
 鋭い爪をよけ、千歳は右手の橙色の玉がはまったクローグローブで払う。魔物の俊敏さの方がやや勝り、クローはかすめる程度にしかライオンのたくましい足を捉えることができなかった。

 続けざまの鉤爪(かぎづめ)のようなくちばしによる攻撃をよけながら、千歳は上空を旋回していたもう一体のグリュプスが、あらぬ方向を注視していることに気がついた。

 黒茶色の眉をひそめる。
 体を半回転させながら回避した拍子にあるものが目に入り、千歳には飛んでいるグリュプスが狙っているものの正体が分かった。

「チトセ?!」

 眼前のパターンΨ(プシー)のグリュプスに背を向け、猛然と別の方向に駆け出した千歳にロッソとジネストゥラが揃って驚きの声を上げた。

 袴(はかま)と羽織りを大きくなびかせ、千歳はグリュプスの狙いの先に体を滑り込ませるようにして飛び込んだ。

 ドンっと鈍い音がした。

 背後から強い力で突き倒されたように千歳の体が反り返り、グリュプスの鋭い爪が羽織りに包まれた右腕をとらえる。
 つかまれながらも後ろ手に払った右手のクローは、確かに鷹の翼をかすめたが、それは魔物の二撃目を防ぐ程度の反撃にしかならなかった。

 深く食い込んだ凶悪な爪で千歳の右腕の肉をひきちぎりながら、翼を羽ばたかせ、ふたたびグリュプスが上昇する。

「チトセ!」
 ロッソが叫び声をあげて、駆け出した。


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