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「ヘーゲル弁証法」|PRODIGY for MOBB DEEP

2017年、42歳で急逝した、The Infamous MOBB DEEPのCapitol P、Don P、Bandana P、Banna Clip P、Bumpy Johnson、H.N.I.C.・・・数々の悪名高き異名を持つ、NY・ロングアイランド出身のMC、PRODIGY(本名:Albert Johnson)。

あれから早、5年・・・当時、亡くなったニュースを聞いた時の衝撃は、今でも忘れられませんね。もうこの先、"P"のソロやMOBB DEEPとしての新録を聴けることはないのか、と。

Hip Hop史を揺るがす激震に、勿論、相棒のHAVOCALCHEMISTInfamousファミリーの喪失感は計り知れないものがあったことでしょう。

MOBB DEEPは、この先も殿堂入りのラップ・デュオであることは揺るぎようのない事実ですが、筆者個人としても、他の諸アーティストとはまた思い入れが違う次元に在り、改めて記事として纏めるのが難しいですね(笑)

なんせ、ニューヨークのHip Hopを好きになった原点から、追い続けてきた理由までの大半が、この人たちにあるからです。現行のアングラシーンを含め、MOBB DEEPの絶大なる影響力は常に無視できない存在でしたし。

結論、今回言いたい内容は、遂に、故・PRODIGYのニュー・アルバムのリリースが沈黙を破り、アナウンスされ、先行シングルが出た、ということです。

これには、世界中のアンダーグラウンドHip Hopファンたちがザワついたであろう、2022年の一大ニュースの一つでしょう。

三浦先生の「ベルセルク」(漫画の話です)と、Pの「ヘーゲル弁証法」の続編はどんな形であれ、決着が付いて欲しいというのが、筆者の切なる願いです。

本記事は、MOBB DEEPファンの端くれとして、Pの命日に因んで書き残しておこうと思ったのと、MOBB DEEPやPRODIGYの活躍をリアルタイムで知らない世代にも、そもそも聴いた事が無い人達にも、改めて彼らの築いてきた礎を共有する機会になればと思います。

HEGELIAN DIALECTIC(ヘーゲル弁証法)の第二部

事の始まりは、先月の5月20日に急遽、ストリーミングサービスから削除されていた、PRODIGYのソロ・カタログが復活」というインフォメーションから。

2019年の遺族vs.元関係者(?)の訴訟問題によって、3年ほど"サブスクお預け状態"を食らっていた本件は、新旧問わずファンにとっては朗報でした。

なぜなら、PRODIGYの作品は、既に廃盤・入手困難になっているものも多く、それこそ新規ファンになった人は、フィジカルを探すのも一苦労だろうなと思います。

今回、ストリーミング復活に至った経緯としては、Pの遺族が、The NorthStar GroupL. Londell McMillanとマネジメント契約を結び、Warner Music Groupの独立配給部門である、ADAとの配信契約に合意したからだそう。

McMillan氏との契約内容には、前作の続編である、The Hegelian Dialectic: The Book of Heroineのディレクションと、HAVOC主導で進めている、Mobb Deepのニューアルバムのリリースの権利も含まれているみたいです。

Pの死後、期待されつつも中々リリースがなかった、未発表ソロ音源やMOBB DEEPアルバムですが、色々と複雑な事情があった様ですね〜。

HAVOCのメンタルとモチベーションも大分心配でしたけど・・・。最近は、Flee LordやDark Lo、Styles Pらとのコラボ作品も出たりと、制作方面にベクトルが向いてそうな感じです。

こうして、兼ねてからトリロジー(三部作)になると言われていた、The Hegelian Dialectic(ヘーゲル弁証法)が、やっとストーリーを再開できる状態が整ったというわけですね。

2017年、亡くなる数ヶ月前にリリースされた、生前最後のソロ・アルバム、The Hegelian Dialectic (The Book of Revelation)から、死の直前まで制作を行っていた、The Hegelian Dialectic: The Book of Heroineが、今夏待望のリリースを予定されています。

また、新作からのリードシングルとして、6月10日には、You Will Seeが配信されました。

明らかに、前作、第一部の流れを組む曲調なので、これは往年のファンが期待していたスタイルかどうか・・・ってのはさておき、久しぶりの新曲ということで、純粋に嬉しかったです。

更に、Billboardの情報によりますと、この壮大なトリロジーの"トリ"を担う、The Book of the Deadと題された作品も、2023年にリリースを予定されている模様です。Amazing!

「黙示録」「ヘロインの書」「死者の書」・・・それぞれの韋編が、元ネタの「ヘーゲルの弁証法」にちなんだ、テーゼ・アンチテーゼ・シンセシスという思考プロセスになぞる内容となっているのかも気になるところです。

PRODIGYのソロ・ディスコグラフィ

筆者世代のハードコア、ギャングスタ・ラップ好きの多数の人にとっては、PRODIGYとMOBB DEEPは英雄的な存在であると同時に、QB(QUEENSBRIDGE)サウンドの生みの親」NY・アンダーグラウンドシーンのロールモデル」でもあります。

ダークソリッドグライミーホラーコア・・・等々、この手のワルそうな形容には事欠かない、キラ・クイーンズのダーティ・ニューヨーカーが放つ、圧倒的なオーラとスタイルは絶対的な魅力でした。

時のG-Unitに加入していた時期もあったり、ファミリーのInfamous Mobb(IM3)を始め、QBアングラ勢との絡み、数多の客演、HAVOCを含め、様々なアーティストとのビーフ(確執)、映画への出演、自叙伝や料理本の出版等・・・長年、常にニューヨーク・シーンの話題の中心にいたP。

そして、今も生きていたら、恐らく現行アングラ勢のクレジットにも名を添えていたであろうと予測されます。

今回の記事は、ニューストピックだけをライトに纏めるつもりでしたが、折角なので、Pのオフィシャルな歴代ディスコグラフィを紹介して締めたいと思います。(ミニコメント付き)

H.N.I.C.(2000)

ご存知、95年リリースのセカンド・アルバム、The Infamousの大ヒットで、黄金期90年代のハードコア部門を席巻した、MOBB DEEP。

The Infamous(1995)

そして、2000年代に入り、早々にリリースされたPの初のソロアルバムが本作。

H.N.I.C.とは、"Head N**** In Charge"の頭文字で、元々は、ダンススクールを経営していた、Pの祖母(Bernice Johnson)の通り名でした。

彼は、このネームを好んで多用しており、Pの代名詞や「H.N.I.C.」トリロジーの冠にもなったわけですね。

その後、Kendrick Lamar(Y.H.N.I.C)Wiz Khalifa(O.N.I.F.C.)等のメジャーアーティストのMixtape作品のタイトルにも影響を与えています。

HNIC(Hempstead Niggas In Charge)(2017)

Pと同じ、ロングアイランド出身のHus KingPinも昔、HNIC(Hempstead Niggas In Charge)という、本家のトリビュートっぽい作品を出していましたね。

内容を改めて説明するのも野暮ったくなるくらい、おそらく皆夢中で聴き腐った、クラシック中のクラシックです。

HAVOCの生成する、タフで硬質なビートは勿論ですが、ALCHEMISTの手掛けたKeep It Thoro」は、後年もPの代表曲として親しまれています。

ドス黒い楽曲だけでなく、アッパーめなクラブ映えシットもあり、適度にバラエティに富んでいるのも特徴です。

御大、Just BlazeプロデュースのDiamondは、真冬のクイーンズの凍て付くヒリ付き感と、バウンシーさも兼ね備えた珠玉の一曲として、毎冬のテーマソングにしていました。

持病の鎌状赤血球症(黒人特有の血液疾患)の苦しみを綴った、You Can Never Feel My Painの重みも中々のものでした。

客演は、QB出身のMCやInfamousファミリーで固められています。当時、QBのアングラシーンで、Pがフックアップしていた、Mike DeloreanとMr.Barsのコンビ、Bars-N-Hooksがナイスな助演MC賞。

話題が反れますが、Mike Dはラップも上手かったし、カッコ良かったんですけど、この周辺にいた、"Don Alon"という表舞台には出てこれなそうな、QBのアングラMCが好きでした。

The 41st Sideとか、More Like Usというワードにピンとくる人は、QBガチ勢です(笑)

また、Nasの企画した、QBオールスターズ大集結(勿論、MOBB DEEPも参加)のQB's Finest(2000)も確か、「H.N.I.C.」と同時期位のリリースでしたね。

どれも、2000年代のQBムーヴメントの先駆け・火付け役の一枚です。

Return Of The Mac (2007)

先日のRSD(レコード・ストア・デイ)での初のVinyl化で、何やら物議を醸していましたが、その後どうなったのか?

本作は、記念すべきTHE ALCHEMISTとのコラボ1作目であり、H.N.I.C. Pt.2へのつなぎの作品になるはずが、予想外の大ヒットを飛ばす形に。Pのソロの中でも、特に人気が高い作品です。

昔実在した、NYの有名なギャングスターである、Bumpy JohnsonとDutch Schultzに自身らを重ね、シネマティックな雰囲気と、当時のALCHEMISTらしさ全開のソウルフルで跳ね系のサンプリング・ビートが特徴的です。

ちなみに、ALCHEMISTとも親交のある、ご存知、「K.O.D.P.(King Of Diggin' Production)」のMUROも本作のプロダクションに関わっています。

MOBBの黒さとクイーンズ臭を求めすぎてしまうと、多少方向性が異なりつつも、この時代のベストトラックが並ぶ、数えきれない位聴いたクラシックの一つです。

H.N.I.C. Pt.2(2008)

この作品は、リアルタイムで相当な衝撃を受けました。正直、前述の2作以上に、です。

リリース時の背景には、当時、銃の不法所持で逮捕3年半の実刑を余儀なくされ、仮釈放中に確か全曲分のプロモーションビデオの作成を行い、FREE Pと自ら大々的に宣伝を打っていたことが思い出されます。

肝心の内容ですが、プロダクションはHAVOC、ALCHEMISTは当然のことながら、新たにSid Roamsという、完全にアブない二人組の白人プロデューサーが投入されます。(6曲も提供)

前作、「H.N.I.C.」と比較すると、ALCHEMISTのサウンドを軸とした、モダンな黒さに仕上がっており、作品を通して有機的なサウンドの纏まりが感じられます。

文字通り、完成度の高い作品です。缶ケースのCollector's Editionも買ったなぁ。

Product of the 80's(2008)

収監中のリリース作品。

お察しの通り、Sid Roamsの音にドハマりしたP(そして、コアなファン)と、Infamousファミリーの一員、Infamous MobbBig Twins、クイーンズ・ファーロック出身のハードコアグループHard Whiteのボス、Un Pacinoといった、Dirt Class Recordsメンツで構成された、Product of the 80's

この辺りは、渋谷・宇田川町で、NY、クイーンズのHip Hopの魅力を日本で一番発信していたインポートショップ、Bubblez601に通い詰めていた時期に出た作品。懐かしい。(現在は惜しまれつつも閉店)

Sid Roamsの紹介を挟むと、LA出身のJoey ChavezBravoが2004年に組んだプロデューサーチームで、インストゥルメンタル集やサンプル集みたいな作品をいくつかリリースしていました。(滅茶苦茶ヤバいんですけど、多分、どれも現在は入手困難)

ビートは東西折衷的な感じで、80'sオールドスクールなブレイクや王道なソウル・サンプリングもあれば、プリモっぽいチョップモノのがあったり、ヤオヤ(808)モノがあったり。

しかし、彼らの一番の醍醐味は、おどろおどろしいホラーコア要素と、プログレのレコードからぶっこ抜いてきた、サイケデリックでエレクトロな変態的サウンドですね。(しかも、ラッパーが超乗り辛そうな変化球ビート多数)

本作は、Jake OneとSebbもクレジットに入っていますが、ほぼほぼ、SID要素が凝縮された、"ザ・ワールド全開"なので、PRODIGYの熱烈なファンと、その手の理解がある人にだけにおすすめします(笑)

勿論、筆者はかなり好きな作品です。

H.N.I.C. 3(2012)

「H.N.I.C.」トリロジーの完結作として、出所後にリリースされた最初のスタジオ・アルバム。

Pは出所後、まずは凡ゆるトレンドの音楽や情報をハングリーに吸収していったそうな。

3年のブランクを如何に埋め、音楽に対してストイックな姿勢を保ち続けるか、そこにPのアーティストとしての魅力が、おおよそ組み込まれている感覚さえあります。

本作は、Pの完全復帰を象徴するハードライムと、生まれ変わったサウンドプロダクションの中で、キャリアの上昇を感じさせる作品となっています。

客演にも、Wiz KhalifaやT.I、Boogz Boogetzらの新風を巻き込み、自身のラップスタイルにも変化が現れました。

「H.N.I.C. Pt.2」とは打って変わって、歌モノメロウな楽曲も複数あり、前線に挑むハングリーな姿勢が読み取れます。

プロデューサーにYoung L入ってんだ~とか思った記憶が。今やシーンの中核を担う、GRISELDAのメインプロデューサーにも起用される、Beat Butchaも入っていましたし。

ちなみに、貼ったのは通常版のカバーですが、デラックス盤は、曲数とジャケットが違います。

Mr.Cartoon作のタトゥーが刻まれた、「背中で語る漢」的な絵面がPっぽいなと思って、こちらにしました。

刑務所でゴリゴリにパンプアップした、完全体PRODIGYの姿も衝撃的でしたね(笑)

The Bumpy Johnson Album(2012)

シャバ復帰後のリハビリも兼ねたMixtape、The Ellsworth Bumpy Johnson EPの拡張版的な形で、デジタルオンリーでリリースされた作品。

またもや、Sid Roamsが多めに起用され、おネオなダークネス・ブーンバップをかましています。

ラップの方は、EPの時点では声の張りとキレが若干落ちたかなーって印象もありましたが、全体として見れば、唯一無二のキャラクターは健在でした。

Albert Einstein(2013)

本作は、筆者がPRODIGY・ALCHEMISTの全作品を通しても、一番好きなアルバムです。

言うなれば、これまでに聴いてきた数多のHip Hopクラシックと比較しても、未だに上位クラスに鎮座する、モンスター・アルバム。(個人の感想です)

何が凄いって、ケミストリー・サウンドの黒さの真髄を抽出、結合させた高純度の楽曲揃いってところですかね。

当のPRODIGYは、いつも通りの不機嫌そうな声色で、ぶっきら棒にラップしているだけなんですがね。

MOBB DEEPのサード・アルバム、Hell On Earthを現代版にアップデートさせたかの如き地獄の様相、けたたましく鳴るドラム、重量級のベース、酩酊しそうなチョップ・ビート。

2000年代のALCHEMISTを知るリスナーからしたら、その魅力が黒い方に全振りされた、至高のプロジェクトかなと(褒めすぎ?)。

しかし、この時期のALCHEMISTは、丁度自身のスタイルの転換期に差し掛かっていたはずなので、その筆舌に尽くし難いクリエイティブさも端々に感じました。

これは洗練でもあり、実験的でもある。恐らく奇跡的なタイミングで産み落とされた作品で、人生でそう何度も出会える様な代物ではないと、現行のALCHEMISTを踏まえて、改めて思いますね。

Young Rollin Stonerz(2014)

こちらは、前述の「Hard White」に所属していた、Boogz Boogetzとのダブルネームでのリリース。

「H.N.I.C. 3」で、挑戦的なフロウ捌きを見せたパーティーチューン、Get Moneyでの共演の延長とも言える本作。

プロデューサー陣も一新したチョイスで、Pらしからぬ、しかし、Pの飽くなき迄の前衛的思考と向上心に満ち溢れた勇姿は、クイーンズの後輩と呼応する形で体現されています。

Untitled(2014)

これは入れるかちょっと迷ったんですけど・・・サブスクにも入っていたので(笑)

BitTorrent Nowというプラットフォームと提携して、マーベルコミックのBlack Pantherのプロモとしてリリースされた「無題」と題された作品。

この辺のジャンルには明るくないのでアレですが、Baauer、Skream、Mimosaといった、EDM方面のプロデューサー達と制作した本作は、「挑戦しすぎか!」ってくらい、MOBB DEEP色は皆無の内容となっております。

ただ、音楽的にベースミュージックとかエレクトロも嫌いではないので、意外性という観点でリスニングすれば、これはこれで面白い企画モノかな。

The Hegelian Dialectic (The Book of Revelation)(2017)

成熟したNY・クイーンズのギャングスタが、次に向かったのは、哲学を追求した世界観でした。

生前最後の作品であり、ソロ・ワークスの中でも、随一のコンシャスなラップ・アルバムとなった本作。サウンド面でも、これまでとは雰囲気が一変しています。

哲学者のGeorg Wilhelm Friedrich Hegelにインスパイアされ、精神的、政治的、道徳的なテーマを散りばめたという、重厚なコンセプト・アルバム。

レビュアーの間でも、好意的な意見と厳しい意見で分かれていましたが、既存のMOBB DEEPリスナーには、ネクストレベルに移行したPRODIGYはどう映ったのか?

個人的には、壮絶な人生経験を経て、自身を磨き続けたPだからこそ行き着いた境地に、NYのキングに上り詰めたNasとは、また違ったコンシャスさが垣間見れた気がします。

根本のサウンドの選り好みはあれど、いちファンとして、決してアングラだけに留まらず、進化し続けたPRODIGYの音楽を心待ちにする気持ちは変わらないと言いますか。

90年代から現在に至るまで、現役で居続けることの難しさを理解し、音楽に向き合う姿勢は、世代や国境を越えた人々を魅了してきました。

どのベテランMCよりも熱く、命を燃やし続けた最高のアーティストとして、後世にもその名を刻み続けて欲しいものです。

LONG LIVE PRODIGY.

peace LAWD.

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