Dare#16 「ニュー・カルト・クラシック」|ANKHLEJOHNについて
かつて、"Hip Hop"とは「知性のムーヴメントである」と宣誓した、"Knowledge Reigns Supreme Over Nearly Everyone"(知識がほぼ全ての人を支配する)こと、ブロンクス出身のKRS-One大先生が言うHip Hopの在り方も含め、知識を重要視するカルチャーとしての色もすっかり薄まってきたと感じる昨今。
時は変わり、アメリカの首都・コロンビア特別区に指定されるワシントン・D.C.で、知性と独自性を武器に、新たなカルト・クラシックをハイペースで生み出し続ける一人のアーティストがいる。
イタリア発の高級志向なファッションブランド、「STONE ISLAND」を身に着けつつも、ストリート出身の出で立ちを護り、ファッションだけでなく、音楽性においても他と一線を画す個性を放つ才人、ANKHLEJOHN。
今回は、D.C.からワールドワイドへと活躍の場を拡大する、この成熟した"新人"アーティストの一面を紹介していきたい。
ANKHLEJOHNのバイオグラフィ
ANKHLEJOHN(本名:John Tucker)は、ワシントン・D.C.、キャピトルヒル出身の29歳のMC。
ANKH NASTY、Big Lordyといった異名を持つ彼は、自身が立ち上げたレーベル「SHAAP RECORDS」に籍を置く。
ANKHの楽曲は、オフビートで前のめりに言葉を敷き詰めたラップスタイルが多く、いかにもラップが乗せづらそうな変調なビートに対しても、常にオリジナルなフロウで道を切り拓いていく。
所謂、スポークン・ワードの括りではあるが、もっさり系ではなく、アグレッシブで荒々しく殴り描く、マシンガン・スピットが一際癖になる。
時にプロデューサー、エンジニアリング、ムービーディレクターまで器用にこなすANKHは、頭のてっぺんから爪先までどっぷりとクリエイター業に身を投じる一方で、それ自体が"自己投資"であるとも語る。
少年期は、「Hot Boys」や「Three 6 Mafia」等を始め、土地柄もあって南部産Hip Hopに触れる機会が多かった。
また、2000年代前期に一世を風靡した50 CENTに憧れ、50のクルー・「G-Unit」の築いたムーヴメントに夢中になり、ニューヨーク・ラップにも関心を抱くきっかけとなった。
「ANKHLEJOHN」というステージネームの由来は、彼のオルターエゴ(=別人格)である、「Uncle John」をもじったものである。
元々、「Uncle John」として音楽活動を行っていたが、言葉遊びや古代エジプト文化からの影響を受け、「ANKHLEJOHN」に改名したそうだ。
ANKHは、熱心な勉強家だったハイスクール時代に、"知識"の追求に目覚め、自身の民族のルーツを研究し、古代ケメティック(=古代エジプト)の文化に興味を示す。
また、当時のメンター的存在だった人物に感化されて、多くの書物に触れ、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教等の文化や起源について理解を深めていく。
彼にとって、言葉の力やリテラシーというものは、彼自身の人生に与える"A-1(最上級)"の供給であり、生き方を豊かにするものだという考え方を持っている。その背景に裏付けされた、ANKHの機知に富んだ言葉遊びやワードセンスの数々にも頷くことができるだろう。
彼は正に、ナレッジ(知識)を重んじる「ライチャス・ティーチャー」なのだ。
また、同界隈でも知名度の高い、Earl SweatshirtやKAといった、カルト的なファンベースを確立する、独創性の強いアーティスト達からもメンションを受ける等、数年前からその動向には注目が集まっている。
ANKHLEJOHNの語る「D.C.」という街
ANKHは、生まれも育ちもD.C.ネイティヴで、いわゆるDMVエリア(ワシントン・D.C.、メリーランド州、バージニア州の地域の総称)を主な活動拠点としている。
D.C.出身のHip Hopアーティストには、Oddisee、Damu the Fudgemunk、Wale、最近ではGoldLink等、商業的な成功を収めたアーティストも幾らかいるが、シーン全体として見れば、特段注目度の高いエリアとは言えない。
彼の住む地域でも、音楽を生業とし、成功することに対して関心を持つ人は少なく、若手アーティストを育てる地盤も十分とは言えないそうだ。
インターネット・ミームによって、一時的に"バズる"若手アーティストが出てきても、彼らのメンター的存在がおらず、Waleの様に腰を据えた長期的なキャリアを維持できるMCは中々いないと言う。
ANKHは、自身の故郷であるD.C.での活動にこだわりを持ちつつも、ローカル・アーティストという位置付けを嫌い、飽くまで自身のアートフォームを築く基盤として、より広範な視野を外部に向けてアーティスト活動を行っている。
また、D.C.では、「Go-Go」(ダンサーではない)というファンク・ミュージックにルーツを持つサブジャンルがあり、この地域の独自性を象徴する音楽となっている。
DMVエリアでは、この「Go-Go」に影響を受けたアーティストが沢山いる。「ニュー・ジャック・スウィング」をはじめ、90年代の音楽にも大きな影響を与えているそう。詳しくは、このサイトでどうぞ。
Hip Hopに関しては、主にニューヨークや南部、両地域の影響を受け、ミックスしたスタイルを各々がD.C.独自に昇華しているようだ。
ANKHの周辺には、創造性と個性豊かな仲間が数多く集まり、それぞれが音楽や映像、アート、ファッション等のクリエイティブな活動を行い、D.C.に新たなカルチャーの息吹をもたらしている。
ANKHLEJOHNと親交の深いアーティスト
ANKHは、「SHAAP RECORDS」のレーベルメイトである、同郷のRahiem Supreme、DJ MASTAMINDは勿論、地元に留まらぬ幅広い交友関係を持ち、客演やコラボレーション等を行っている。
特に、ブルックリン出身のSauce Heistや、ボストン・リンを拠点とするAl.Divinoとは関係値が深い。
Al.Divinoについては、自身の"A-alike(行動特性の似た人物)"とも呼んでおり、同じ「ファイヴ・パーセンターズ」の熱心な信奉者として、同一の価値観を共有し合える関係性だと話す。
また、Divinoとはアーティストとしての相性だけでなく、人としても生真面目で、愛情深い人間性を持っていると語り、自身のキャリアにも大きく貢献した人物の一人として挙げている。
その他、DMVエリアの同世代で、Fly Anakinを筆頭とする「Mutant Academy」のメンバーやAll Ceven、Viles、Navy Blue、Wiki、Medhane、Camoflauge Monk、Snowgoons、
Vinyl Villain、Big Ghost LTD、V Don、LOOK DAMIEN!、Rome Streetz、DA$H、Lord Jah-Monte Ogbon、Bane Capitol、Koncept Jack$on、Hus KingPin、Estee Nack、Willie The Kid、Crime Apple、Vic Spencer、Machacha、Lord Apex・・・等々、彼の音楽とも親和性の高いメンツとの共演を多岐に渡って行っている。
ANKHは、共に制作を行う相手に対しても非常に慎重であり、まずは実際に対面し、生身の人間としての交流を持った上で、信頼関係を築くことに重きを置いていると語る。
ANKHLEJOHNのディスコグラフィ
ANKHLEJOHNの作品は、無機質でソリッドな歪曲空間の中で、ダーク嗜好の強いホラーテイストを中心に、ドリーミーでソウルフルなプロダクションも含め、一般的にオルタナティブと表現される様な音楽性が特徴だ。
しかし、彼を一括りのカテゴリーに押し込めるのは、如何にも偏狭がちで視野を狭くしてしまうことになる。
ゴールデンエイジ、トラップ、ドリル、マンブル、クランク、ソウル、ジャズ・・・イケてれば何でも聴くのが彼の流儀だ。だからこそ、「Drill Scott-Heron (Pieces Hittin)」の様な作品を出すことも何ら不自然ではない。
知識の重要性を説きながらも、頭でっかちにはならず柔軟でいることが、彼の音楽に多様性や純粋な芸術性をもたらす。
ANKH自身、「ダークな音楽を作ろうとは思っていない。ダークというより、むしろシネマティックなんだ」と語るように、彼の作品は感覚的に音像を捉え、ANKHの共有する深いビジョンを傾聴し、知識と感性で考察する、映像作品の様な味わい方ができるだろう。
本記事では、ANKHの露出が増えた、2017年以降の作品を中心に紹介したいと思う。この5年の間に、纏まったボリュームの作品だけでも30枚以上に上る。
つい先日も、「THE FOUR KNIGHTS GAME 2」(1が発表されたのは、ほんの2ヶ月ほど前)をリリースしたばかりで、その留まることを知らぬ制作意欲には脱帽させられる。
ドイツのハードコア・ラップ専門のレーベル、「Fxck Rxp」のサポートによって、彼の近年のキャリアの旗揚げとなった「The Red Room」から、ANKHLEJOHN作品ではお馴染みのViles、All Ceven、HNIC辺りとの相性は当然の如くだが、作品毎でもプロデューサーの編成や作風をガラッと変えてくるところも面白い。
ANKH作品のお気に入りは結構あるが、単曲で、というよりも作品単位で聴きたくなる感じが、彼の術中に見事にハマっている気がする。(笑)
中でも気に入っている作品を幾つか紹介して、本記事を締めようと思う。
ジャケットからしてピンク(もとい、ピンプ)な雰囲気の「Ankh Nasty」は、#MOODとタグ付けしたくなる様な艶感のある作品。「Born Day」という曲は、個人的にも好きな日本人のWazasnicsというプロデューサーが手掛けていたり。
「A-Cold-World*」では、Vinyl VillainがANKHのシネマティックな世界観を完璧な形にしていると感じるし、「Drill Scott-Heron (Pieces Hittin)」は、意外にもドリルがバチバチにハマり、超カッコ良い。「As Above, So Below」における、Navy Blueが手掛けた暖色のソウルフルなプロダクションも秀逸。
元々、「Guns-N-Butta」(Stu Bangasも過去に所属)として活動していた、Rare Scrilla(J-$crilla)とChop-La-Rokのプロデューサーコンビに、ANKHとは対照的な、オンビートバチバチのRome Streetzのラップがぶつかり合う、強烈なバンガー揃いの「Genesis 1:27」、ご存知Dame Dashの甥っ子で、ニュージャージー出身のDA$Hと組み、Look Damien!のド変態・カルト色強めの異質ビートに乗り上げた、「Honey Sweeter Than Blood」。
ANKHとDA$Hの共演は、幻覚キノコで覚醒しまくっていた、かつてのDA$H&Retch時代ばりの相性の良さを感じた。この二枚は去年のドハマり作品。
Nicholas Craven、Chuck Strangers、Graymatter、Jay Versaceらの人選もプロダクションも鮮やかな「As A Man Thinketh」、MVZONIKという謎めいたプロデューサーが、90年代ライクでありながらも、死後の世界の様な独特の幻想感を漂わせた、「THE FOUR KNIGHTS GAME」。どの作品もバリエーションに溢れた良作揃いなので、是非、お気に入りの一枚を見つけて欲しい。
個人的には、Al.DivinoとNavy Blueの中間位置くらいで、ハードでアクが強いサウンドと、ソウルフルで詩的な音楽性、どちらの風合いも楽しめるのがANKHLEJOHNの魅力だと思う。
音楽を超えた先に見出す、裏側のメッセージやビジョンをコンセプチュアルに仕上げた、彼の定義するシネマティック・アートな世界観を今後も楽しみに待ち続けたい。
◆ANKHLEJOHN Instagramアカウント
◆ANKHLEJOHN Twitterアカウント
◆ANKHLEJOHN Soundcloudアカウント
◆ANKHLEJOHN Bandcampページ
◆Shaap Records Instagramアカウント
peace LAWD.
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