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Dare#17「黄金のジョリー・ロジャー」|Knowledge The Pirateについて

Hip Hop黄金期と呼ばれた90年代に成功を収め、現在に至るまで活躍を続けるアーティストは多数存在する。

一方で、キャリアに幕を下ろした者、アンダーグラウンドのフィールドにこだわり、今も尚活動を続ける者、後進を育てる者・・・多種多様にこのカルチャーと関わり続け、そして歴史は進化を止めない。

地下で生み出されたこの水脈は、絶えず山肌を削り、濁流に揉まれ、麓で合流し、数寄者のアングラ・フリーク達の喉元を潤し続けてきた。

今回紹介するKnowledge The Pirate。彼もまた90年代にキャリアを始動し、道中には重要なポストを得ながらも、表舞台で華々しい評価を得ることがなかった一人。

しかしながら、2010年代後期に再出航を迎え、主流では無くなった当時のニューヨーク・スタイルの生き証人として、ド現行をサヴァイブするタフでリアルなOG。

ラットレースから外れ、黄金の海賊旗を掲げ、独立独歩で未知の大海を臨むその鋭い眼、そのペンの重みを感じながら筆を執りたいと思う。

Knowledge The Pirateのバイオグラフィ

Knowledge The Pirate(本名:Richard Iverson)は、ペンシルベニア州出身で、自身のレーベルTCE(Treasure Chest Entertainment)を主宰するベテランMC。

母親はドラッグ中毒者で、父親の存在を知らぬまま育ったKnowledgeは、若くしてストリート・コーナーに立ち、13歳でクラックを覚え、荒れた少年期を過ごしていた。

ステージネームの"Pirate(=海賊)"は、彼のライフスタイルそのものを意味し、家族の愛を知らず、ストリートで生き抜く術を学んできた彼の野性的な側面を示し、一方では、読書家で自己の知識を高めるインテリジェントな"Knowledge(=知識)"の一面も兼ね備える。

Knowledgeの楽曲は、ラグジュアリー系統の小洒落たピンプ・スタイルとは一味違う、人生の盛衰を身を持って経験してきた、燻し銀の黒さを纏う。

ソウルフルで、ヴィンテージな哀愁感漂うビートに、ヤサグレた声質で起伏の少ない淡々としたラップが織り成す"ならず者"感は、その道を極めた漢の貫禄を感じる。

尚、TCEの所属アーティストには、Lil Pirateこと、J.Mafiaという若手MCが在籍しているが、彼はKnowledgeの実の息子である。

父親とはスタイルが全く異なり、曲調的には全面トラップ。ラップスタイルも含め、今時のヤングなノリだ。

親子二代で紡ぐ、新旧・Hip Hopスタイルが入り混じったレーベルの今後にも注目したい。

Knowledge The Pirateのキャリア

Knowledgeは、ストリートライフで生計を立てる一方、子供を養うために90年代初頭から音楽で稼ぎを得ることを決意する。

ニューヨークやフィラデルフィアでバトルMCとして活動を行っていた最中、当時、Will Smithのボディーガードを務めていた、Charlie Mackという人物の目に留まる。

Charlieは、所謂、ニュースクール・Hip Hopの先鋭的集団、「Native Tongues」の一員であった、Queen Latifahや「New Edition」のオフィシャルDJ、Shakimを彼に紹介した。

また、90年代に隆盛を極めたジャンルの一つ、「ニュー・ジャック・スウィング」の生みの親にして、GuyBLACKSTREETで大ヒットを収めた、R&B界の大御所プロデューサー、Teddy Rileyにも気に入られる。(マイケル・ジャクソンから安室奈美恵まで、数々のビッグアーティストを手掛けてきたスーパー・プロデューサー)

Charlieとはゴタゴタの事情で上手くいかなかったKnowledgeは、その後Teddy Rileyと契約を交わし、バージニアで一緒に仕事をすることを決めた。

代表曲New Jack Swingで有名な、ハーレム出身のラップグループ、Wreckx-n-Effectとツアーを回ったり、Jimmy Iovineが立ち上げた、Interscope Recordと契約が決まる等、当時の活動は順風満帆だった。

他にも、「BLACKSTREET」のU Blow My Mind(Remix)等への客演(当時はKnowledge名義)やWill Smithのアルバム、Born To Reign(2002)でゴーストライターを務めていたりと手広くやっていたようだ。

また、Knowledgeは、Pharrell WilliamsとChad Hugoによる、筆者世代のスーパー・プロデューサー・チーム、The Neptunesが有名になる以前の草創期に、初めてプロデュースされた元祖G(=Gangsta)ラッパーだったと語る。(後に、Neptunesは、N.O.R.E.やClipse等とヒットを生み出した)

余談だが、彼の武勇伝の一つには、The Notorious B.I.G.の彼女を持って帰り、ビギーが家まで連れ帰りに来たという逸話も・・・

その後、詳細は明らかではないが、一度業界を離れ、ニューヨーク・ニュージャージーに戻り、ハスラーライフへと返り咲く。仲間と大金を稼ぐも、ファーストライフの没落を目の当たりにして、音楽とも距離を置くようになっていた。

そんな彼に手を差し伸べたのが、後のハードコア・Hip Hopシーンを牽引することとなる、親友、"Roc Marciano"の存在だった。

Knowledge The PirateとRoc Marcianoの関係

Knowledgeは、同じく90年代から活動を続ける、NY・ロングアイランド出身のRoc Marcianoのアルバム、Reloaded(2012)での客演を皮切りに、徐々に表舞台へと復帰を果たす。その後もMarcianoのソロ作品の多くで、彼は客演にクレジットされてきた。

Knowledgeは、Marcianoのソロ・デビュー作にして、革新的な名盤となったMarcberg(2010)リリース以前から長期的な交流があり、「俺らはラップ・フレンズじゃなく、お互いをリスペクトし合っているアーティストなんだ」と話す。

Busta Rhymes主導のFlipmode SquadThe U.N.等での活動を経て、「ハードコア・Hip Hop、ここにあり」と言わんばかりに、かつてのニューヨークで隆盛を極めたサウンドをモダンに再構築して蘇らせた「Marcberg」。

加えて、このゲットー出身の海賊を再び大海原へと導いた、真の先導者、Roc Marciano。

Marcianoがフックアップしてきたアーティストの代表格には、Griseldaの構成員としても知られる奇才の、Stove God Cooks、今や神格化されたKA・・・等々、ここでは挙げきれませんが、この10年単位で築き上げられた、アンダーグラウンド・ルネッサンスの中心人物であり、立役者。

その強大な影響を受けてきた、マルシ・チルドレンがどれだけいることか。

何度でも声高に言いたいが、Roc Marcianoの影響力無くして、現行のアンダーグラウンド・シーンの形は無かったと言い切れる。

これぞ、カルチャーの礎。物事には必ず源流が存在することを思い知らされる。

Knowledge The Pirateのディスコグラフィ

前述の通り、Knowledge The Pirateは、長期的なキャリアを有するも、2018年のFlintlockが事実上のデビュー作となった。

現在までの作品数自体は多くないが、いずれもMarciano直系の硬派なサウンドと、彼なりのストリート・マナーを踏襲した、漢臭いカタログが並ぶ。

Knowledgeの作品には、Roc Marciano、Elemntを中心に、Mushroom Jesus、Don Cee、Tuff Kong RecordsのCunsといった、プロデューサー陣が起用されている。

作品同様、関わるプロデューサー自体も決して数は多くないが、それこそが彼の作品に纏まりと一貫性を齎す大きな要因となっていることは明白だ。

特に、Knowledgeのマネジメントも務める、右腕的な存在のElemntというプロデューサーは、ビートメイクのセンスが随一。

筆者の大好物なブルックリン・クイーンズマナーのニューヨーク・サウンドをバランス良く配合し、現行の鳴りで表現した感じで、過度な装飾や派手さこそ無いが、それがまた洗練され、Knowledgeのカラーにも合致している。

「俺の人生は映画だ、俺はただ脚本を書いているだけだ」という一節を噛み締めながら、彼のギャングスタ・ムービー的な楽曲群を聴くことをオススメしたい。

Flintlock(2018)
Black Cesar(2019)
Family Jewels(2020)
Hidden Treasures(2021)
W.D.E.W.S.(Wolves Don't Eat With Shepherds)(2022)

勿論、本記事は今作のリリースに合わせて書いたことは言うまでも無いが、待望のBig Ghost LTD総帥・フルプロデュース作品、W.D.E.W.S.(Wolves Don't Eat With Shepherds)が遂に発表された。(テクニカルトラブルで遅延していたが、本日やっと配信された)

Big Ghost談では、2019年初頭から、既にこのプロジェクトは始まっていたそうだ。

昨年のConway The MachineとBig Ghost LTDの秀逸なコラボ作、IF IT BLEEDS IT CAN BE KILLED(2021)収録のSons Of Kingsの客演時点から、えげつのない相性の良さを確信していたので、このコラボの実現は予定調和だった。

とはいえ、Knowledgeの過去4作品の流れを組むかの様に、Big Ghostの作り上げた音の再現性は緻密で完璧と言える。

荘厳でアッパーなオーバーチュアのPull Upから幕を開け、Big Ghostお得意の声ネタ・チョップ攻めのDevotionHeavy CrownTrenchesと続くハードな2曲では、乾いたスネアをバッチバチに叩き付けたロウ・テンポなビートに、どっしりと肝の据わった骨太のスピットで応戦。小節を巧みに崩し、ラフに紡ぐフロウがやたら耳に残る、硬派のためのブルースRussian Sable。昨年のMarcianoとのコラボ作も記憶に新しい、Flee Lordを客演に持ってきたBad Boys

如何にもKnowledgeっぽさ全開の、ゲットー・セレブリティ感と、オールドスクールなHip Hop要素がミックスされたビジュアルのリード曲、Wolves Eat

やはり後半に持ってきた、ハードボイルドな哀愁系シットのTreasureChestでは、デトロイト出身のリリシスト、Ty Farrisも参加。帆を張った一隻の船が波間に揺られ、白昼を漂う情景が浮かぶ、穏健なドラムレスのSweetwaterにて幕引き。

Big Ghostの非常にバランスの取れた楽曲構成と、Knowledgeのソロ・マイカーとしての貫禄に満ちた、今年の折り返し地点に相応しい良作となった。

これは個人的な意見だが、KnowledgeはどことなくLake(QBで活動していた超ハードコアなラッパー)っぽい雰囲気もあって、それも好きな理由の一つかもしれない。纏っているオーラも若手MCのそれとは異なる。

この作品について、「羊は群れに従い、コントロールできないものに怯えて生きている。(中略)狼は決して、主人から餌を与えられたり、保護されたりはしない。自分自身の食事のために狩りをするのだ。(だから)"狼は羊飼いとは食事をしない"」とBig Ghostは説明する。

アンダーグラウンドの玉座に鎮座するアーティストらの根幹たる意志が、この作品からは顕著に感じ取ることができるだろう。

Ahoy!

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peace LAWD.

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