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ヘミングウェイ「Cat in the Rain」は猫なぞ見ていないのです

ヘミングウェイ「Cat in the Rain」の舞台はイタリアのホテルなのです。

There were only two Americans stopping at the hotel. They did not know any of the people they passed on the stairs on their way to and from their room. Their room was on the second floor facing the sea.

ホテルに泊まっているアメリカ人はふたりだけだった。彼らは部屋に向かう時も、出る時も、階段ですれ違う誰一人と知るひとはいなかった。彼らの部屋は海に面した二階にあった。

倉林秀雄、河田英介『ヘミングウェイで学ぶ英文法』、p.10

The American wife stood at the window looking out. Outside right under their window a cat was crouched under one of the dripping green tables. The cat was trying to make herself so compact that she would not be dripped on.
“I’m. going down and get that kitty,” the American wife said.
“I’ll do it,” her husband offered from the bed.
“No, I’ll get it. The poor kitty out trying to keep dry under a table.”

アメリカ人の妻は窓際に立って、外を見ていた。外の、まさに窓の真下で、雨が滴るいくつかの緑色のテーブルの一つの下に一匹の猫がちぢこまっていた。その猫は雨に濡れまいと必死に身を丸めていた。
「私、降りていってあの子猫を拾ってくるわ」とアメリカ人の妻が言った。
「僕がやるよ」と彼女の夫はベッドから申しでた。
「いいえ、私が拾ってくるわ。あの可哀想な子猫ったらテーブルの下で濡れまいと必死なのよ」

妻がいるのは二階の部屋なのです。二階の窓の真下にあるテーブルの下に猫がいても、濡れないように縮こまっていれば完全に隠れてしまい、見えっこないのです。that kittyはa catではないのです。これは確定記述なので、読み取れていないヘミングウェイ研究は全て間違いなのです。じゃあ何かというのがこの小説の面白味なのですが、一流作家がやることはひとつなのです。

訳ではlooking outを分詞構文としていますが、the window looking outで「窓景色」という一つの名詞なのです。looking outは屋外では目に入る限りの景色なのです。stood atなので妻は窓景色の海の中に納まって絵になっていたのです。ここからだけではわかりませんが、窓の外ではなく夫のほうを向いています。

As she stood in the door-way an umbrella opened behind her. It was the maid who looked after their room.
“You must not get wet,” she smiled, speaking Italian. Of course, the hotel-keeper had sent her.
With the maid holding the umbrella over her, she walked along the gravel path until she was under their window. The table was there, washed bright green in the rain, but the cat was gone. She was suddenly disappointed. The maid looked up at her.
“Ha perduto qualque cosa, Signora?”
“There was a cat,” said the American girl.
“A cat?”
“Si, il gatto.”
“A cat?” the maid laughed. “A cat in the rain?”
“Yes,” she said, “under the table.” Then, “Oh, I wanted it so much. I wanted a kitty.”
When she talked English the maid’s face tightened.
“Come, Signora,” she said. “We must get back inside. You will be wet.”
“I suppose so”, said the American girl.
They went back along the gravel path and passed in the door. The maid stayed outside to close the umbrella. As the American girl passed the office, the padrone bowed from his desk.

彼女が戸口に立っていると、背後で傘が開いた。二人の部屋を担当するメイドだった。
「濡れてはなりません」と彼女はイタリア語を話しながら微笑んだ。もちろん、ホテルの支配人が彼女を遣したのだった。
メイドが彼女を傘で差し掛けながら、彼女は砂利道を通って部屋の窓の下まで歩いた。テーブルがあり、雨で鮮やかな緑色に洗われていたが、猫はいなくなっていた。彼女は突如がっかりさせられた。メイドは顔を上げて彼女を見た。
「ア・ペルドゥート・クワルケ・コーザ、シニョーラ?」(何か失くされたのですか、奥様)
「猫がいたの」とアメリカ人娘は言った。
「猫ですか?」
「スィ、イル・ガット」(ええ、猫よ)
「猫ですか?」メイドは笑った。「雨の中で猫が?」
「そうなの」と彼女は言った。「テーブルの下にね。それから、「私はその猫をすごく欲しかったのよ。子猫が欲しかったの」
彼女が英語で話すと、メイドの表情はこわばった。
「奥様、こちらに」と彼女は言った。「中にお戻りください。濡れてしまいます」
「確かにそうね」とアメリカ人娘は言った。
二人は砂利道を戻り、ドアから中に入った。メイドは傘をたたむために外に残った。アメリカ人娘がオフィスを通り過ぎると、ホテルの主人は自分の机からお辞儀をした。

最後の文を先にやるのです。Theyを「二人」と訳しています。theyはドアをくぐって建物の中に入りました。

They went back along the gravel path and passed in the door.

メイドさんは傘をたたむので外に残ったままです。

The maid stayed outside to close the umbrella.

メイドさんは建物の中に入っていないので、they passed in the doorが成立するには妻以外にもう一人はいなければなりません。それがthe American girlなのです。girlはwifeとは別人なのです。

ホテルに泊まっているアメリカ人はふたりだけだった。

二人のアメリカ人とはthe American wifeとthe American girlなのです。夫はアメリカ人ではないのです。girlは夫婦の幼い娘なのです。

They did not know any of (the people they passed) on the stairs on their way to and from their room.

Theyは読者のことです。夫婦が部屋で何かしている間、娘は階段のところにやられていたのです。娘について読者は知らないというヒントなのです。

maid: “You must not get wet,” she smiled, speaking Italian.

メイドさんはイタリア人なのです。

maid: “Ha perduto qualque cosa, Signora?”

メイドさんは基本的にイタリア語しかわからないのです。このSignoraは「奥様」なのです。

girl: “There was a cat,” said the American girl.

娘はイタリア語はわからないので、メイドさんの問いかけとは無関係な発言なのです。娘はホテルに来るときに猫を見たのです。居ついている猫なら普段はテーブルの上で日向ぼっこをしているのでしょう。

maid: “A cat?”

メイドさんは「cat」という英単語の意味がわからないので聞いているのです。

wife: “Si, il gatto.”

アメリカ人妻はイタリア語もできるので通訳しました。

maid: “A cat?” the maid laughed. “A cat in the rain?”

メイドさんは「rain」という単語の意味は知っていたので、面白がりました。メイドさんはおそらく十代で、箸が転んでもおかしい年頃なのです。幼女の遊び相手になっているのでしょう。

wife: “Yes,” she said, “under the table.”

メイドさんはこのレベルの英語は理解できないので、これは独り言です。under the tableには多義性があり、テーブルの下だけでなく熟語でもあるのです。

: covert and usually unlawful
under-the-table payoffs

何かの悪だくみなのです。

wife: Then, “Oh, I wanted it so much. I wanted a kitty.”

これも独り言なのです。it=a kittyなのです。xvideosで有名なit's comingなのです。

1: a fund in a poker game made up of contributions from each pot
2: a sum of money or collection of goods often made up of small contributions : POOL

catは「意地の悪い女」なのです。

7: a malicious woman
especially : one given to making catty remarks about other women

これでunder the table, kitty, catがつながったのです。「Cat in the Rain」が無冠詞でa catでないのはこの三人を指せるようにするためなのです。最後にメイドさんが三毛猫(メスがほとんど)を連れてきます。

When she talked English the maid’s face tightened.

メイドさんは妻の

“Oh, I wanted it so much. I wanted a kitty.”

tightenedはlaughedとの対比です。自分のわからない英語だったのでムッとしたのです。

ニャンコ先生はオスだそうですが
女子高生にも化けるのです

In the doorway stood the maid. She held a big tortoise-shell cat pressed tight against her and swung down against her body.
Excuse me,” she said, “the padrone asked me to bring this for the Signora.”

メイドさんはデブ猫を持って来るときは英語で話しているのですが、Signoraにtheがつくのはヘンなのです。これはfor theまでの定型文を暗記して目的語をくっつけたのです。メイドさんはkittyが子猫だとわからないまま支配人に「お客様が猫を欲しがっています」と伝えたところデブ猫を寄越されたのです。ちなみに使用人には命令するものだからaskはヘンなのです。

こんな持ち方なのです

すぐ猫が調達されメイドさんに大人しく抱っこされているところを見ると、飼っているか餌付けしているかでしょう。ホテルの客がエサをやるのです。野良だとデブにはならないのです。確定記述はありませんが、これが雨の中、テーブルの下にいたと思われるのです。

The cat was trying to make herself so compact that she would not be dripped on.

小さい子猫であればtry to make herself so compactしなくてもテーブルに完全に隠れるのです。妻も娘も当然知っているはずなのです。

wife: “Come, Signora,” she said. “We must get back inside. You will be wet.”

こちらのSignoraは「女主人」で、英語なので娘への呼びかけです。ふざけて言っているのです。

5 (使用人などと対比して)女主人, 女将(おかみ);女支配人
Nostra Signora|われらが女主人(聖母マリアの換称)
Venezia era la ~ dei mari.|ヴェネツィアは海の女王だった.

言葉の習熟具合から、娘>メイドさん>妻という上下関係がありそうなのです。Signoraは全部で4回出てきますが、支配人が妻に使った以外の3つはみな娘を指していると考えると一貫します。また女>男という上下関係があるならメイドさん>支配人なのでaskはヘンではなくなるのです。

girl: “I suppose so”, said the American girl.

ちゃんと会話が成立しているのです。

Something felt very small and tight inside the girl. The padrone made her feel very small and at the same time really important. She had a momentary feeling of being of supreme importance.

彼女の中で何かがとても小さく、締め付けられて感じた。ホテルの主人は彼女をとても小さく、同時に非常に重要な存在に思わせた。ほんの一瞬、彼女は自身が至高の重要存在であるかのような感覚を得た。

幼女がホテルの支配人である召使いに丁重に挨拶されて「女王様気分」を感じたのです。

She held a big tortoise-shell cat pressed tight against her and swung down against her body.

猫もtightなのです。「猫気分」を満喫しているのです。

また、通常「猫」を代名詞で受ける際にはitを用いますが、ここではsheを用いて擬人化し、親しみを込めた言い方になっています。

倉林秀雄、河田英介『ヘミングウェイで学ぶ英文法』、p.27

ちゃんと猫がメスである必然性があり、パズルのようにかっちり組み上がるのです。catはa malicious womanですが、こういう「だまし」のことでしょう。

まず ‘Il piove.’ は作品集の編者,教科書版の注釈者などの注意も引いている.共通する捉え方は「(イタリア語としては不規則的ながら,)It’s raining.の意」と要約される.文脈から,女性はそう言いたいと判断され,ホテルの支配人もその趣旨で応対している.しかし,piove は動詞 piovereの直接法現在三人称単数の活用形で,自動詞としての用法では「雨が降る/降っている」を意味し,一ノ瀬俊和によれば[3],「雨が降る」は現在形がpiove で,非人称構文であり主語をとらない.つまり,「雨が降る/降っている」なら,‘Piove.’ で十分である.非人称構文であり,主語の議論は無用だ.そもそも,イタリア語の Il は男性単数定冠詞であり名詞を要求する.引用部分中の後半にもあるとおり,「雨」に中る名詞 pioggia は女性名詞であり,定冠詞は la をとる.イタリア語として‘Il piove.’ が「不規則」を通りこし,非文であることは明白だ.

山名 章二、ヘミングウェイ作「雨の中の猫」のイタリア語を「復元」すると―仮説と解釈―

単に妻もイタリア語を習っている最中で下手なだけなのです。

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