性犯罪に関する新たな構成要件の提案

第3/強制性交等の罪の構成要件(1)

1 強姦罪と強制性交等の罪

前回は、静岡地裁の平成31年3月28日判決を題材として、供述の信用性評価の指標などについて検討した。その後、この事件の判決文は、ネット上で読めるようになった。次の奥村徹先生のブログで読むことができる。

http://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2019/05/03/000000

また、この判決文を読んだうえでの法律家によるツイートは、村松謙先生がまとめてくれている。

https://togetter.com/li/1353975

さて、この事件で問題となったのは、改正前の刑法第177条の「強姦罪」だったので、前回はその規定についても触れた。

(1)平成29年刑法改正

性犯罪に関する刑法の規定は、平成29年に大幅に改正された。その改正箇所の1つに「強姦罪」が「強制性交等の罪」へと作り替えられたことがある。つまり、現在では「強姦罪」という犯罪は存在しないことになった。

今回は、少し具体的な判決を離れ、この「強姦罪」と「強制性交等の罪」を題材にしながら、「構成要件」あるいは「犯罪構成要件」と呼ばれるものについて検討したいと思う。

まず、確認のために、強姦罪と強制性交等の罪の条文を見てみることにしよう。なお、条文は、本来「縦書き」で、数字も「漢数字」で表記されているが、読みにくいので便宜上算用数字に変えてある。

(強姦)※改正前
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(強制性交等)
第177条 13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

前段と後段に分かれていること、前段は13歳以上に対する場合で「暴行又は脅迫を用い」ることが要件とされ、後段は13歳未満に対する場合で暴行・脅迫要件がないことは、改正前と改正後とで変わりはない。

(2)変更点1・姦淫から性交等へ

変更された点は、第1に「姦淫」が「性交、肛門性交又は口腔性交」になったことである。「姦淫」は、本来的な意味としては「淫らな性交」を意味するようだが、従来も解釈上「淫ら」であることは特に要求されて来ず、「性交」の意味に解されてきた。だから「姦淫」と「性交」との間に違いはないと考えてよい。そして「性交」とは、男性器を女性器に没入することであると解されている。言葉は固いが、要するに、陰茎を膣に入れることであり、セックスすることだ。

改正177条では、これに「肛門性交」と「口腔性交」が加えられた。「肛門性交」は、男性器を肛門に没入することであり、いわゆるアナル・セックスをすることだ。他方「口腔性交」は、男性器を口腔内に没入することであり、フェラチオやイラマチオのことだ。

つまり、従来は「セックス」だけが第177条の罪の実行行為で、「アナル・セックス」や「イラマチオ」「フェラチオ」は、第176条(強制わいせつ罪)の「わいせつな行為」と扱われ、処罰も第177条よりはやや軽かったが、改正により格上げ(?)され、これらも「セックス」と同様に第177条の守備範囲に入り、他の「わいせつな行為」よりも重く処罰されることとなったのだ。

罪名も「強姦罪」ではなくなり、性交の場合は「強制性交罪」、肛門性交の場合は「強制肛門性交罪」、口腔性交の場合は「強制口腔性交罪」となり、総称する場合は「強制性交等の罪」と呼ばれることになる。

(3)変更点2・行為の相手方(被害者)

改正前の第177条は「女子を姦淫した者」と規定していた。つまり、行為の相手方である被害者は「女性」に限定されていた。これに対し、改正法では「13歳以上の者」「13歳未満の者」とされ、「女子」とは書かれていない。つまり、改正により、男性も第177条の罪の被害者に含まれることになった。これが第2の変更点である。

この点「肛門性交」や「口腔性交」はともかく「性交」については、男性は膣を持たない以上、強制性交罪の被害者にはならないのではないか、との疑問が湧くかもしれないが、強制性交罪の実行行為は「性交すること」であり、男性器を女性器に没入させる行為も含まれる。つまり、改正後は、女性もふつうに強制性交罪の主体となり得ることになる。これは、肛門性交、口腔性交についても同様である。

もっとも、女性の側がどうやって男性に無理やりセックスをさせることができるのか、と疑問に感じる人もいるかも知れない。暴行・脅迫を用いて勃起させ、無理やり性交させることなど不可能ではないか、と。

しかし、縛り上げた上で薬物等を使い強制的に勃起させるという方法も考えられないワケではないし、そうでなくても、後段の場合、つまり13歳未満の者に対する強制性交罪は、暴行・脅迫は必要でなく、しかも相手方の同意があっても成立する。そのため、改正後は、14歳以上の女性(刑事未成年ではない)が、13歳未満の男子とセックスをした場合、その女性には強制性交罪が成立することになる。

なお、従来の強姦罪においても、女性が犯罪の主体となることはできないのか、という議論はあり、男性を道具として利用した間接正犯や、男性とともにする共同正犯としてであれば女性も強姦罪の主体となることはできる、と解されていた。しかし、改正後は、そのような関与形態だけでなく、女性もふつうに強制性交等の罪の主体に含まれることとなったのである。

(4)変更点3・法定刑

第3の変更点は、法定刑であり、強姦罪の法定刑が「3年以上の有期懲役」であったのに対し、強制性交等の罪では「5年以上の有期懲役」とされている。つまり、法定刑の下限が上がった。厳罰化と言ってよい。

なお、上限は「有期懲役」で変更はない。ところで、この場合「有期」であれば、上は50年でも100年でも言い渡すことができるか、というとそういうことはない。

刑法第12条は「懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする」と規定しているので、通常であれば、最長でも懲役20年までしか言い渡すことができない。もっとも、「有期の懲役又は禁錮を加重する場合においては30年にまで上げることができ(る)」とされているので(刑法第14条第2項)、加重事由があれば、30年までは言い渡すことが可能である。

他方、下限の「5年」も、酌量減軽(刑法第66条、第71条、第68条)により半分の2年6月、さらに法定の減刑事由があればその半分の1年3月まで下げることができる。

「5年以上の有期懲役」という法定刑は、強盗罪(刑法第236条)と同じである。強盗は、暴行・脅迫を用いて他人の財物を奪う場合であるが、暴行・脅迫を用いて強制的に性的自由を侵害し性交等をする場合の違法性・有責性の程度がそれよりも軽いはずがない、という趣旨と見ることができよう(その意味では、従来は性的自由への侵害が財産よりも軽く見られていたとも言える)。

なお、宣告刑が3年以下の懲役の場合、刑の全部の執行猶予を付けることができる(刑法第25条第1項)。従来は、法定刑の下限が「3年」の懲役であったから、これで言い渡せば酌量減軽をしなくても執行猶予が可能であったが、改正後は酌量減軽をすべき場合(犯罪の情状に酌量すべきものがあるとき)で、実際に酌量減軽しないと、刑の全部の執行猶予を付けることができなくなったとも言える。

つまり、法定の減刑事由も情状に酌量すべき事由もない場合は、刑務所に行かなければならない、ということだ。

2 刑罰法規の構造/構成要件と法定刑

強制性交罪の条文から離れ、少し、刑罰法規についての基礎的な知識について確認しておきたい。それを知っておいてもらうことは、条文をよく理解し、犯罪というものを知るために有用だと考えるからだ。

こういう説明の場合によく題材に使われるのが殺人罪(刑法第199条)の規定である。殺人罪は、だれもがその名を聞いたことがある最も犯罪らしい犯罪とも言えるし、典型的でシンプルな条文でもあるからだ。刑法第199条は、次のように規定している。

(殺人)
第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

この条文は、2つのパーツから出来ている。前半の「人を殺した者は」という部分と、後半の「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」という部分の2つである。前者を「構成要件」または「犯罪構成要件」と言い、後者を「法定刑」という。

その意味するところは、行為者の行為がこの「構成要件」に該当する場合は、(原則として)その効果として、その行為者に対して「法定刑」の範囲での刑罰を科す権限(これを国家刑罰権という)が国家に発生する、ということである。図示すると次のようになる。

もちろん、法律の条文のすべてがこのような形(構造)をしているというワケではない。しかし、刑法の「第2編 罪」に規定されている各条文(刑法各本条。刑法第73条~第264条。もっとも、第73条から第76条は削除されている)は、原則としてこのような形をしている。これは刑法に限らず、犯罪と刑罰とを規定している条文刑罰法規)は、刑法典以外のものでも同じである。

ところで、上記の殺人罪の条文(刑法第199条)を見れば解るとおり、この条文には「人を殺してはならない」とは書かれていない。その意味で、この刑法の各本条は、一般の人々に向けられたものではない。裁判官に向けられたものなのだ。裁判官に対して、行為者(被告人)が「人を殺した」場合には、この者に対して「死刑」「無期懲役」「5年から20年までの有期懲役」の範囲で刑罰を科していいよ、と指示しているのである。

そのため、刑法(刑罰法規)は、直接的・第一次的には、裁判官に向けられ、裁判のおいて裁判官を拘束する裁判規範なのである。

もっとも、刑罰を科せられて嬉しい人はいないだろう。その意味で「人を殺したら、死刑等の刑罰を科すぞ」と人々に予告することは、人々を威嚇していることであり、間接的には「人を殺すな」と言っていることになる。

その意味で、刑法は、第二次的には、人々に対してある行為を禁止したり命令したりして行為を統制する禁止・命令規範行為規範)であるとも言えるのである。

3 違法性阻却事由と責任阻却事由

このように、刑法各本条刑罰法規)は、構成要件と法定刑とを結び付ける形で規定され、それは、構成要件に該当する事実があると、原則として、行為者に対して法定刑の範囲で刑罰を科すことができる国家刑罰権が発生するということを示している。

ここに「原則として」という限定を付けたのは、「例外」があるからである。つまり、構成要件に該当する事実が存在するにもかかわらず、国家刑罰権が発生しない場合がある。これには2種類あり、

第1は、違法性阻却事由がある場合である。違法性阻却事由とは、構成要件該当性があるのに、例外的に違法性が否定される事情であり、例えば、正当防衛(刑法第36条第1項)などがこれに当たる。

例えば、暴漢に襲われ殺されそうになったため、やむなく相手を殺したという場合、人を殺したにもかかわらず犯罪にならないが、これが正当防衛の例である。この場合、構成要件該当事実があっても、違法ではないとされ、犯罪にはならず、国家刑罰権は発生しない。

違法性阻却事由には、条文に規定されているもの(法規的違法性阻却事由)と、規定のないもの(超法規的違法性阻却事由)とがある。法令行為正当業務行為正当防衛緊急避難などは前者の例であり、被害者の承諾などは後者の例である。

第2は、責任阻却事由がある場合である。責任阻却事由とは、構成要件該当性も違法性もあるのに、例外的に責任が否定される事情であり、例えば、心神喪失者の行為(刑法第39条)や刑事未成年者の行為(刑法第41条)などがこれに当たる。この場合は、行為者の行為は、構成要件に該当し、かつ違法でもあるのに、その者には責任がなく、犯罪は成立しないとされる。当然、国家刑罰権も発生しない。

以上の関係を図示すると、次のとおりとなる。

このように、国家刑罰権は、構成要件該当事実が存在し、違法性阻却事由も責任阻却事由も存在しない場合に、初めて発生する。

犯罪は、国家刑罰権を発生させる事由であり、このように、構成要件該当事実が存在し、違法性阻却事由も責任阻却事由も存在しないときに「犯罪が成立する」と表現される。

また、犯罪事実の中核には人の「行為」があり、その意味で犯罪とは一定の要件を備えた人の行為と見ることができるから、一般に、犯罪とは、構成要件に該当する違法かつ有責な行為である、と定義されている。

そして、犯罪の成立要件は、
構成要件該当性(構成要件に該当する事実が存在すること)
違法性(違法性阻却事由が存在しないこと)
有責性(責任阻却事由が存在しないこと)
の3つであり、犯罪の成否は、この3つを順次、吟味、検討することにより判断される、とされている。

4 結びとして

今回は、平成29年の刑法改正前の刑法第177条「強姦罪」と改正によってリニューアルされた「強制性交等の罪」の違いを見ると共に、刑罰法規に関する基礎知識として、刑罰法規の構造、構成要件と法定刑との関係、違法性阻却事由・責任阻却事由と刑罰法規との関係、犯罪の定義、犯罪の成立要件、犯罪の成否を判断するための手順について確認した。

次回では、殺人罪を題材としつつ、さらに構成要件を、これを構成する「構成要件要素」にまで分解し、構成要件該当性を判断する手順について検討してゆく。さらに、その知識を生かし、強制性交罪の構成要件要素についても検討を加える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?