性犯罪に関する新たな構成要件の提案

第4/強制性交等の罪の構成要件(2)

1 構成要件と構成要件要素

構成要件は、いくつかの構成要件要素から出来ている。では、例えば、殺人罪の構成要件は「人を殺した」であるが、これは、いくつの、どんな構成要件要素から出来ているのだろうか?

(1)実行行為・結果

まず、次の事例を読んでいただきたい。

【事例1】
私が家に帰ると、妻がベッドの中で裸で男と抱き合っていた。間男である。私は、逆上し、男を殺害してやろうと決意し、キッチンから包丁を持ち出すと、男を追い回した。しかし、こちらは中年のメタボ。むこうは20代の若いツバメである。間男は、こしゃくにも身軽に身をかわし、逃げ回る。そしてとうとう、玄関のドアから裸のままマンションの廊下に飛び出すと、どこかへと走り去ってしまった。

変な事例で恐縮だが、経験上、この事例が最もよく事態を説明することができるのでお付き合いいただきたい。さて、この事例で、私は殺人罪だろうか?

私が殺人罪になるためには、まず「人を殺した」という殺人罪の構成要件に該当する必要がある。しかし、常識で考えれば解るとおり、私は、まだ人を殺していない。「殺そうとした」だけである。つまり「間男に向かって包丁を振り回した」だけでは「人を殺した」という構成要件に該当しない。

この分析から解ることは「人を殺した」と言えるためには、少なくとも「人を殺そうとする行為」だけでなく「人を殺したという結果」が必要である、ということだ。

前者を「実行行為」、後者を「構成要件的結果」あるいは単に「結果」と呼ぶ。つまり「人を殺した」という殺人罪の構成要件は、少なくとも「実行行為」と「結果」という2つの構成要件要素に分解できる。

ちなみに、殺人罪の実行行為は、正確に言えば「人を殺そうとする行為」ではなく「人を死亡させる現実的危険のある行為」である。人に向かって包丁を振り回す行為は、もちろんこれに当たる。また、殺人罪の結果は「人の死亡」である。

(2)因果関係

では、殺人罪の構成要件要素はこの2つだけか?
次の事例を読んでいただきたい。【事例1】の続きである。

【事例2】
間男は、マンションのエントランスからまんまと外に逃れた。しかし、素っ裸である。こんな格好でどうしたものだろう、と思案していると、近所の主婦に見つかり「ヘンタイーッ!」と叫ばれてしまった。間男はヤバイと思い、慌てて逃げた。ところが、逃げた先で、間男は、ある男と再会した。それは、以前、間男が別の女性と不倫をした際の、不倫相手の夫であった。
「あ、この野郎!」
「え? あ、ゴメンナサイ!」
男は、以前、この間男に妻を寝取られた悔しさを思い出し、間男をメチャメチャに殴ったうえ、川に捨てた。そのため、間男は溺死した。

まさに「ざまぁ見ろ!」という展開であるが、さて【事例1】に引き続き、【事例2】のような展開があったとして、私に殺人罪は成立するか?
この男に」ではない。「私に」である。

先ほどの【事例1】だけでは、殺人罪の「実行行為」はあるものの「結果」がなかった。しかし、今回は、間男は、自業自得と言うべきか、死亡している。つまり「人の死亡」という結果が発生している。どうだろうか?

おそらく、多くの人は、この場合に私に殺人罪が成立するというのは何か違う、と感じるのではないか? 確かに、私は「人を死亡させる現実的危険のある行為」をしているし、一方、間男は「死亡」している。しかし、この2つの間には、何か関連性が薄いような気がするのではないか?

それは極めて普通の感覚である。そこで、刑法学では、この「実行行為」と「結果」との間には「因果関係」という第3の要素が必要であるとする。因果関係とは、実行行為と結果との間の原因・結果の関係をいう。つまり、実行行為に「因って」結果が発生した、ということだ。

実行行為、結果、因果関係の3つは、極めて一般的な構成要件要素である。

まず、「実行行為」のない構成要件は存在しない。すべての構成要件に、実行行為という構成要件要素がある。犯罪によっては、2つ以上の実行行為をもつ構成要件もある。

次に「結果」という構成要件要素をもつ構成要件も多い。しかし、他方で結果という構成要件要素を持たない構成要件も存在する。これを「挙動犯」という。これに対し結果のある構成要件を「結果犯」という。

結果犯の構成要件には、必ず、実行行為、結果の他に、両者を結ぶ「因果関係」という構成要件要素が存在する。

(3)殺意?

では、殺人罪の構成要件要素は、実行行為、結果、因果関係の3つだけだろうか? 次の事例を読んでいただきたい。

【事例3】
妻の浮気現場を発見した日から1か月が経った。その後、あの間男に出くわしたことはない。妻も、あれ以来、おとなしく生活をしているようだった。ところが、この2、3日、また妻の化粧が派手になった。また浮気をしているのかもしれない。そんなことを思いながら帰宅すると、もう午後8時過ぎだというのに妻が家にいない。どこに出かけているのか? ふとテーブルの上を見ると、見慣れないブーゲンビリアの鉢植えが置かれている。妻がこんなものを自分で買うとは思えない。さては浮気相手から贈られたか? そう思うと私は、居ても立ってもいられない気持ちになり、その鉢植えを持ってベランダに出ると、外に投げ捨てた。うちはマンションの6階であり、そんなものが直撃したら下にいる人は死んでしまうかもしれない。しかし、もうこんな時間だ。出歩いている人もいるまい。そう思って暗闇に向かって投げ捨てたのだ。ところが、その直後、下から「ギャッ!」という悲鳴が聞こえた。ヤバイ。私は、慌てて下に降り、声のしたあたりへと向かった。すると案の定、若い男が頭から血を流して倒れている。しかし、驚いたことに、その横では、妻が呆然とした顔で立ち尽くしているではないか。間男……? だが、この男は、以前見かけた間男とは違う。きっと妻の新しい愛人なのだろう。そして、どうやら2人はこの暗がりで逢い引きをしていたらしい。そこに、私の投げ捨てた鉢植えが、運悪く、新しい愛人の頭を直撃し、彼の命を奪ったらしかった。

さて、私は殺人罪だろうか? 検討してみよう。

まず「実行行為」はあるか? 私は、ブーゲンビリアの鉢植えをマンションの6階から投げ捨てた。これは「人を死亡させる現実的危険のある行為」と言えるだろう。だとすれば、殺人罪の実行行為としては十分だ。

次に「結果」はあるか? 妻の新しい愛人が死んでいる。人の妻を寝取るような「人でなし」だが、それでも「人」である。つまり「人の死亡」という結果は認められる。

では「因果関係」はどうか? 私が投げた鉢植えが頭に当たり、死亡したのだ。鉢植えを投げたこと(実行行為)が「原因」となり、その「結果」として死亡している。つまり「因果関係」も認められよう。

以上の検討により、実行行為、結果、因果関係の3つはそろっている。

しかし、これが殺人か? と言われると、多くの人が頭をひねるのではないか。そう。私には「殺意」がない。「殺した」というのは、殺意をもって人を死亡させた場合であり、殺意がない場合は「殺した」とは言わない。これは、たとえ法律など知らなくても「殺した」という日本語の意味から素直に導かれる常識的な帰結だろう。

(4)故意責任の原則と過失犯

刑法には、故意責任の原則というものがある。刑法第38条第1項が規定している。次のとおりである。

(故意)
第38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
(2項、3項省略)

この条項にいう「罪を犯す意思」というのが「故意」である。つまり、この条文は「故意のない行為は罰しない」と言っている。犯罪には、原則として故意が必要だ、ということだ。

例外は、ただし書きに書かれている「法律に特別の規定がある場合」である。つまり、法律に特別の規定がない限り、犯罪は故意犯と解される。

では、例外とはどんな場合か。例えば、例外の1つとして過失犯があるが、この場合は、条文に「過失により」と明記されている。「法律に特別の規定がある」とはそういうことだ。例えば、過失致死罪の条文は次のようになっている。

(過失致死)
第210条 過失により人を死亡させた者は、50万円以下の罰金に処する。

過失により」と書かれている。しかも、よく見て欲しいのは、その法定刑である。人を死亡させるという重大な結果を惹き起こしているにもかかわらず「50万円以下の罰金」である。初めてこの規定を見る人の多くは、極めて軽いと驚くだろう。

しかし、結果は重大でも、過失犯の場合は、行為者にはそもそも人を死亡させる気などなかったのだ。どんなに善良な暮らしをしている人でも、ちょっとした気の緩みや軽率さなどの落ち度で、あるとき犯してしまう可能性があるのが過失犯だ。

そのため、刑法は、故意犯を原則的な処罰対象とし、過失犯は例外とした。そのうえ、例外的に過失を処罰する場合でもその法定刑を故意犯より遥かに軽く設定することとしたである。

(5)構成要件的故意

さて、殺人罪に話を戻すと、殺人罪の構成要件要素としては、実行行為、結果、因果関係のほかに「構成要件的故意」という第4の要素が必要とされることが理解されたと思う。

この「構成要件的故意」についても、「構成要件的結果」を通常「結果」と略称するのと同様に、単に「故意」と省略して呼ぶこともある。しかし、わざわざ「構成要件的故意」と呼ぶ場合が比較的多い。なぜなら、犯罪の要素に、構成要件要素とは別の「故意」があり、これと区別する必要があるからだ。この、単なる「故意」は、責任要素と考えられており、最近では「責任故意」と呼ばれることもある。そこで、これと区別する必要がある場合は、構成要件要素としての故意は「構成要件的故意」と呼ばれる。

「構成要件的故意」は、構成要件に該当する客観的事実を認識(予見)することをいう。

「認識」とは、知ることである。正しく知ることであり、誤認は含まれない。広い意味では、過去、現在、未来の事実について用いるが、狭い意味では、現在以前(過去、現在)の事実についてだけ用いる。これに対し、将来(未来)の事実について知ることを「予見」という。予見も、正しいものであることを含意しており、予想が外れた場合は「予見」とは言わない。認識にせよ予見にせよ、あくまで、客観的に存在する事実が、行為当時の行為者の内心に反映されていたということを意味するのである。

なお、認識・予見に加え「認容」という心理状態を、構成要件的故意に要求する見解もある(認容説)。認容は、そのような事実であっても構わないとして受け入れる心理状態を意味する。ただ、この点はこれからの議論にあまり影響しないので、とりあえず置いておくことにする(興味のある方は、刑法総論の本を読んでみるとよいでしょう)。

2 殺人罪の構成要件要素

以上の検討を前提として、殺人罪の構成要件要素は、いくつあり、それぞれがどのようなものか、と言えば、次のようになる。

①実行行為
人を死亡させる現実的危険のある行為

②結果
人の死亡

③因果関係
実行行為と結果との間の原因・結果の関係。つまり、殺人罪の実行行為によって、殺人罪の結果である人の死亡が発生したこと。

④構成要件的故意
構成要件に該当する客観的事実を認識・予見すること。殺人罪の場合であれば、自己の行為が「人を死亡させる現実的危険のあるもの」であることを認識し、これによって「人が死亡する」ということを予見すること、である。その内容は、日常的な用語として呼ばれる「殺意」という言葉とほぼ同じと言ってよい。ただ「殺してやる!」というような強い決意である必要はなく、「これしたら、死ぬよな」という認識・予見があれば、殺人罪の構成要件的故意としては十分だ。

以上のうち、①から③は「客観的構成要件要素」と呼ばれ、④は「主観的構成要件要素」と呼ばれる。ここに客観的とは、行為者にとっての外部的事情という意味であり、主観的とは、行為者の内心にかかわる事情という意味である。

④構成要件的故意は、客観的構成要件要素に該当する具体的事実構成要件に該当する客観的事実)を認識・予見の対象とし、原則としてそのすべてを認識・予見していなければならない。

この関係を図示すると、以下のようになる。

このように、殺人罪の構成要件要素は4つと考えられるが、この4つのすべてに該当する事実が存在して、初めて殺人罪の構成要件該当性が認められる。これを「構成要件を充足する」と表現する。どれか1つが欠けても、構成要件は充足されず、殺人罪の構成要件には該当しないことになる。

3 結びとして

今回は、殺人罪の構成要件を題材として、実行行為結果因果関係構成要件的故意という犯罪構成要件の基本的な構成要件要素について確認した。

構成要件要素の種類は、これだけではなく、客観的構成要件要素として「身分」や「行為状況」といったものもある。また、主観的構成要件要素としては「構成要件的過失」「目的」「不法領得の意思」などがある。

次回は、今回の知識を活用して、いよいよ強制性交等の罪の構成要件について分析することにしよう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?