見出し画像

元学校の先生がオンラインの先生になって呪縛から解放されたはなし

転職してから定年退職までの約30年間、仕事を聞かれたときは「学校の先生」と答えていました。学校といっても小学校から高校までは経験がなく、教えていたのは専門学校と大学です。教室には40~50人の学生、多い時は大教室で100~200人になっていました。

そういう”先生”には授業で当然のように避けていることがあります。同じことを二度教えることです。

たまに、どこまで授業したかを間違えてると、だいたい最前列付近に座っている真面目な学生さんが「先生、そこ、もうやりました」と指摘します。「あら!ごめんなさい!次のページでしたね」てなことになります。

つまり、たとえ、教室の半数の生徒が一次方程式が解けないとしても、先生は連立方程式の授業に進まなければなりません。もう一度一次方程式に戻ると残りの半数が本来の授業を受けられなくなります。落ちこぼれを放置することよりも、ほかの生徒のカリキュラムどおりに学習する機会を奪うことのほうが重大問題になります。

高校以下の授業がどのようになっているかよく知りませんが、レベル別でない一斉授業である限り、一度勉強に遅れた生徒が、ずーっとわからないまま教室のお客さんになっていくとしても不思議はありません。先生がたは復習を入れながらも授業を遅らせることなく進める工夫をしていると思います。ですが、実際に基礎学力が身についていない”大学生”は存在し、多くの大学がリメディアル教育と称して学生に"さんすう"や"こくご"を教えています。

おっと、話がそれましたが、そういう”学校の先生”を30年余りやっていた私は、日本語のレッスンでも同じページを二度教えちゃいけない呪縛に囚われていました。一度教えたことをもう一度繰り返すのは失礼な感じさえしていました。GENKIは第3課からローマ字のルビがなくなります。GENKIの第2章が終わったら、ひらがなが読めていないことがわかっているけど、第3章に進まなくちゃと思ってしまいます。

でも、そんなことは全然ないとやっとわかってきたところです。Preplyは個人レッスンですから、予定通り進めなくたって誰も困りません。特に言語は何度も繰り返して身に着くものです。今更ですが、授業じゃなくレッスン、テキストは戻っていい。こんなあたりまえのことを、やっとわかったへびでした。

ちなみに今は仕事を聞かれたら「日本語の先生」と答えています。「学校の先生」と言っていたときには一定数存在した「わたしも教えて」の人はいなくなりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?