バトルショートショート ――『C』VS『D』――
「はじめまして、私の名前は泥《ディー》。備《ビー》の生徒です。あなたの名前も聞かせて欲しいな」
そう言って差し出された手を見た弑《シイ》は一瞬硬直。
彼の脳内に疑問が渦巻く。相手の行動が不可解すぎた。
姿勢正しく立つその姿は隙だらけだ。
己より早く体勢を立て直せていたにも関わらず追撃をしてこない、どころか、攻撃する素振りすらない。こちらに手を伸ばしているが拳が握られていない、では手刀を作っているかと言うとそうでもないし、そもそも力が入っているようにすら見えない。
なんだ、何をしているんだコイツは。
「? おーい、聞こえるでしょ。ほらとりあえず握手しよ握手」
手を弑に差し出したままニギニギと開閉する泥。
「…………」
弑は相手がしたいことがよく分からなかった。
握手自体は、挨拶自体はもちろん知っているが、それは今の彼には必要ないことだ。相手にとってもそうだと思っていたが、違うのか。
違うのか。
そうか。そうか。――そうか。
だとしたら、これは単なる隙だ。
相手の隙は突かなければならない。
応じるように手を握り、そのまま不意打ちで泥を引き寄せ体勢を崩した所を全力で打つ。そう決めた。ならば全霊。
「…………弑《シイ》、だ」
「弑、いい名前だね! じゃあ、これからよろしくお願いします!」
弑《シイ》は生まれて初めて口を開き、生まれて初めて他人の手を握った。
「よろしく……な――」
初対面での会話が相手を騙すものとなる。そのことに何の躊躇いもない。
――手を、引き、相手の重心を崩す。
相手から驚愕の気配を感じるが、はっきり言って騙される方が悪い。
咄嗟の防御は間に合わない。
白磁陶器のように滑らかな顔面に突き刺さる拳。
その感触が心地よい。
接触面から蜘蛛の巣のように広がる罅と、苦痛から漏れた呻き声。
握りしめていた手を離し、空いたボディに渾身のストレート。
相手の身体が一瞬宙に浮く。
少し離れた場所で今も戦っている2人と比べるとやはり攻撃力が足りないが、それでもこのダメージは致命的だろう。
弑はその一撃の出来に口角を吊り上げた。(※口はないです)
よくもまあそんな表情を浮かべられたものだ。
もう少しでも動けば罅割れ砕け散るその有様で。
全くの無防備に情け無用でぶち込まれた泥の一撃は弑の命を一瞬にして風前の灯にまで追い込んでいた。地面に伏せ、それでも立ち上がろうとする弑の顔から鳩尾から、無数の白い欠片がバラバラと零れ、罅は更に広がってむごたらしい有り様となる。
(隙ができたのは…俺の……方………)
自嘲からか、口角が無意識に上がっていた。
「あちゃ~、止めまでは行かなかったか。まだまだだな~」
弑は何が起きたかを全て認識していた。
それ故に未だ信じられない。
「えー、じゃあ無駄に苦しませるのもアレなんで、ちょっと待っててね弑」
目の前の少女型が今尚醸し出す、緩く、穏やかな雰囲気を。
弑が握手したと思った瞬間、弑自身が仕掛けるよりも早く、泥が苛烈かつ不可避の連撃を叩き込んだという事実を。
「今すぐ楽にしてあげるよ。抵抗は、しないでほしいかな」
相手から主観的に感じる印象と、相手が起こす客観的行動が、弑の脳内認識にて断崖のように隔たっていた。
★★★
後書きタイム!
バトルショートショートで構成要素分解自分の文で再構築やろうとしたけどむずかったから少し羽休めして割とフリーに書きましたん。
それにしてもC君登場回数的に一番多くて主人公なんじゃないかと思うんですがここまで一切勝ち星なし! はやく活躍させてーのだがどうしたものか。
うーん。追い詰められれば追い詰められるほど強くなって逆転しねーかなー。他には……。
そうだ、思いついたぜ!
栄「弑を虐めていいのは私だけ」
長時間殺し合った者特有の歪んだ愛情に目覚めた栄! 備との戦闘を中断して弑の危機に駆けつける。逃げ惑う泥とそれを追いかける栄。死にかけの弑。その中で置いてきぼりにされた寂しがりやの備が取った行動とは!?
次回予告:「じゃあ弑君、きみとヤるとするか」
※実際の話は予告とは異なる場合がありますので御注意ください。
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