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年少さんサイズの保育園の椅子に腰掛け、自分の視界のベストな角度に坂口さんが入るよう調整しながら、坂口さんの所作に合わせて、チューニングの音を確かめる。ボブディランのカバーから始まる。ゆっくり目を閉じたり、開けたりしながら、歌詞やメロディーに集中していく。今その瞬間流れている空気を拾って音楽を作っているな、という感じがする。2曲目、自身が23歳の時に作ったという曲の歌詞が、めちゃくちゃすげ〜となったのに、悲しいことに全く思い出せない。けれどそこでは、片田舎に住むtシャツを着た若い青年が、朝起きて、風や木や雲を感じながら、好きな人との日常を生きる有様が、ありありと浮かんでいたのは覚えている。坂口さんの歌詞は、物語が映像となってはっきりと見えてくる。その質感や匂いもどことなく感じ取れる。リアルすぎる。全部を受け止めたいけれどリアルすぎて、体が持たなくなってきて段々ビリビリしてくる。過去の自分と未来の自分がタイムトラベルして遭遇しそうになった時、タイムパラドックスを防ぐために両者が触れ合えない時みたいな。四曲目?もすごく素敵だなと思ったのにこの辺りの記憶が飛んでいる。曲間のフリートークの際、時折ドクターヘリの着陸音や赤ちゃんの泣き声などが心地良い間を作っていた。特に印象に残っているのは、小さい子がお母さんに、ここと、ここの色を足したらカメムシの色になる、みたいな一見大人はハテナマークが浮かび「あんた何言ってるの」と一蹴してしまうそうな事に、きちんと耳を傾けるようにしている、ということ。私は幼少の頃、自分がよくそれをして母に否定されていたのを覚えている。一人っ子で遊び相手もいなかったからか、常に物語を考えていた。目にしたものが全て舞台と変わり、視界に映る物が全て登場人物になり得た。よく考えていたのは、右手の人差し指と中指を足のように動かして動く生き物ビービと、同じく左手の人差し指と中指で出来たバーバの話。2人は兄弟で、仲良しで、いつも一緒にいる。ビービは器用で、優秀で、戦いも強い。一方バーバは、不器用で泣き虫、ビービに助けてもらってばかりいる。私は左手の人差し指と中指、つまりバーバの全身にあたる部位がいつも水脹れが出来て爛れていたので、なんとなくそういう設定になっていた。風呂場ではリンスやシャンプーボトルを忍者のように飛び越え、シャワーが敵となり、2人は戦う。毎回バーバが人質にされてしまい、それをビービか助け、敵も倒すというオチなのだが、たまにビービが戦いすぎてボロボロになる、ピンチ回もある。その時バーバは自分自身と戦う。今の状況と自分が弱いという固定観念で頭がぐちゃぐちゃになるが、やらねば、の精神でゾーンに入って突然光を放ち、ビービを救い出す。この展開が好きで、何回も繰り返していた。余談が長すぎたが、坂口さんは子供に限らず、一風変わった発言や町ゆく人へのアンテナを常に貼っていて、気になったら話しかけてしまうらしい。また、歌う時には耳から川が流れていてその川を辿っていくと物語が見えてきて、そのまま即興で歌っていく、というような事も言っていた。これは似たような感覚があったので少し頷けた。(完成度はさておき)祖母は即興で歌や短歌を作る。フィーリングをすぐ調理して出す、的な事はよく見て育ったので、なんとなく体が覚えている。
その後も、坂口さんの力強いサウンドが鳴るのを、ビイィンという金属音を出しながら吸収していた。詩は優しい風を受けてふわふわと舞い降りるのだが、体に入る瞬間とてつもない衝撃。スリラーパークでルフィの痛みを全部背負った時のゾロ。あー、私の心と体、持つのか?このままくたばっちゃうのかとヒヤヒヤした。手の震えが収まらないままアンコールが終わり、同時に、今やりたい事とやるべき事を整理して、今度こそちゃんとやっていく、やり切る、と決意した。

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