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大嫌いだった母親から解放された2015年12月6日

母親のあだ名はバーピー。
長女が7才の時につけたあだ名。

当時のりぴーとかやまぴーとかが流行っていて
ばーちゃんにぴーを付けてバーピーになった。

名前は可愛いらしいけど
バーピーは私が幼い時から喜怒哀楽が激しくて
いつどこで笑うか怒られるかが読めなくて母親やけど
怪獣のような存在であった。

だから長女がバーピーと付けた時
怪獣バーピーや!!
バーピーがしっくりきて
私が母親のことをバーピーっ言うて
数々のエピソードを友人に話したりしてたら
喜怒哀楽が激しいオカンはバーピーと言うことにいつの間にかなり(笑)
我が家のバーピーはなあとか言うて
色々な怪獣オカンバーピーが出てきたりした。
母親はそんなこと知らんとバーピーと呼ばれるのん嬉しそうやった。

そんなバーピー
数々のエピソードが無限にあり
バーピーキチガイになると噛んだ件
バーピー線路を歩いて補導された件
バーピー陶芸家を目指した件
バーピー鬼電100回の件
ネーミングだけでマジ凄いな(笑)
などまた紹介したいけど
今回はバーピー大嫌いから解放された時の話をしたい。

私はシングルマザーで2人の娘を育ててきた。
次女が大学生になった時
これからはやりたかったことやると決めて2015年10月から心理学の勉強をすることにした。

私は父親が失踪した15才あたりから
ずっと母親みたいになりたくない
と思い続け生きてきた。

母親みたいに不幸になりたくない
母親みたいに貧乏になりたくない
母親みたいに情けないパートの仕事はしない
母親みたいに狭い家には住みたくない
母親みたいにうつ病にはなりたくない
母親みたいにキチガイの人にはなりたくない
母親みたいになりたくないから
離婚後も頑張って母親を頼らず
ずっとずっと生きてきた。
ある意味
母親みたいにならない
の強い決意がシングルマザーとして生きていくパワーになってたのかも知れない。

そして心理学を勉強をしていく中で両親へ40問の質問をすると言う宿題が出た。

質問がめっちゃ多いこと
聞きにくい質問もあること
途中でバーピーがキチガイになったらどうしよう
途中で私がキレたらどうしよう
などなど思いながら
質問をしていくことになる。

そんだけ構えて質問をしにいったけど
え?そうなん?
そうやったん?
全ての回答はびっくりばかりやった!

びっくりしたことベスト3
3位 私と回答の8割一緒やったこと
嫌や嫌や
同じ回答せんといて
ぎゃー思ったけど
見事に回答が同じやった。

2位 子育てちゃんと出来なかったことを後悔してること
子育てちゃんと出来なかったな
もっとちゃんとしたら良かったな
母の口から出たときは泣きそうになった。

1位 自分のこと不幸や貧乏とは思ってなかった
父親が大借金作り失踪し貧乏になりうつ病になり
めっちゃめっちゃ苦労したやん!
それ大変やったんと違うん???????
もうはてな何個もつく
バーピーいわく
そう言えば離婚したとき
頑張ってたけどそんなん忘れたわ
めっちゃニコニコしながら言うてくる。

ほんで途中何回も
お金と男性の回答が同じやって
お互い男運悪いな
お互いお金よう使われへんよな
2人でめっちゃ笑った。

田舎を楽しみ
貧乏を楽しみ
父親のことを恨みもせず
ずっと不幸や思ってたバーピーは幸せやった。
そう母親は幸せやった。

なんということや
母親みたいになりたくない
とずっとずっと頑張ってきた30年はなんやったんやろうと思ったら
泣けて笑えてまた泣けて笑えて
母親大嫌いから解放された瞬間やった。
それが2015年12月6日やった。
その時に撮った写真。

この日を境に大嫌いな母親以外の景色が見えるように変わる。

ふじとも

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