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感染症危機管理に関する所感

参議院厚生労働委員会、感染症改正法案審議で参考人として意見を述べさせていただきました。全文掲載します。

序文

 本日は主に感染症危機管理の観点から、何点かお話をさせていただきたいと思います。 私は感染研に2021年1月に着任する前まで、おおよそコロナが発生する前までは、国立保健医療科学院という機関におり、公衆衛生部門のパンデミック対策に取り組んできました。前回の2009年の新型インフルエンザパンデミックの教訓の一つが、パンデミックでは、それぞれの地域で流行状況を分析し、対策を判断していかなければいけない、ということでした。そのために、それぞれの地域での感染症の公衆衛生対策に助言をできる専門家を育てておく必要がある、ということでした。そして、それぞれの地域で、医療体制など、地域が一体となって取り組まなければいけないようなことについて、普段から話し合う場を作っておく、ということでした。そのため、行政(感染症対策を行う本庁・保健所・地衛研)と地域の指定医療機関や消防などの関係機関を集めて、参加型のシミュレーション演習というのを行なって、感染症法と特措法を使って我々はそれぞれの地域でどのようにパンデミックに立ち向かっていくのか、ということを考えていただく、という取組みを行っておりました。実は新型コロナが現れた2020年1月の終わりまでこのような研修会をおこなっておりましたが、新型コロナ発生後は、厚労省クラスター班の一員として活動しておりました。感染研に着任してからは、特に感染研における感染症危機対応体制の強化に取り組んできました。

地域での取組みの経験から:対策の継続性

 正直申し上げて、新型コロナが発生する前のパンデミック対策への関心や熱意は非常に低かったのが実情です。新型コロナ前の2019年9月の内閣府の世論調査でも、新型インフルエンザによって感染者が多数発生する可能性があることを知っている、と答えた方は半分もおらず、1/4が「そもそも新型インフルエンザを知らない」という結果でした。自治体においても、新型インフルエンザ対策(パンデミック対策)の専任の担当者がいるところなどほとんど見かけたことはありませんでした。そんな中でも、特措法の第12条に「新型インフルエンザ等対策についての訓練を行うよう努めなければならない」、第13条に「国民に対する啓発に努めなければならない」という記載がありましたので、なんとか、毎年訓練・演習が行われたり、セミナーなどが行われてきた、という側面があります。このように、法律は今後の長期間の対策の継続性を保つという点で重要な意味を持っていると考えます。新型コロナも、いずれ、喉元すぎて熱さを忘れてしまう時が来てしまうでしょう。そうであっても、次のパンデミックは、来るかどうか、というよりはいつ来るか、という問題です。予算・人員等を含めて、継続性のある取り組みを裏打ちするのが法律の重要な役割であり、今回の改正議論の中でもそのような法の役割の重要性をご考慮いただければと思います。

地域での取組みの経験から:過去問型の危機管理をやめよう

続いて、パンデミックに対する訓練・演習を行なってきた中での反省を1点申し上げたいと思います。それは、「過去問型の危機管理をやめよう」ということです。今回、新型コロナの教訓を元に、さまざまな改善が進められています。これは当然重要なことです。でも、危機というのは毎回違うのです。全く同じことは決して起こらないのです。常に「次に起こり得ることは何か?」を問いかけながら前に進んでいくことが大切です。しかしながら、新型インフルエンザ対策として進められてきたパンデミック対策は、まさに、「いわば過去問を解くこと」の繰り返しでした。
例えばこれまでの訓練・演習でも、2009年の新型インフルエンザ発生初期、あるいは2013年の鳥インフルエンザH7N9発生初期のシナリオ、これらを題材に繰り返し練習していました。そして、たいてい、前回行ったところまでの対応をなぞって終わってしまっていました。例えば、1例目の患者を防護衣を着て指定医療機関まで搬送する、であるとか、対策本部の立ち上げをする、といった段階で訓練が終わってしまっていました。• 今回のように、何例も何例もクラスターの調査を繰り返す、多数の接触者のフォローアップをする、自宅待機者のサポートをする、多数の感染者を地域で受け止めていく、あるいは役割分担をしながら医療体制を維持していく、という「これまで経験したことがない世界」についての議論に行きつかなかった、というのが実情です。
確かに、我々が想定した新型インフルエンザと新型コロナは全然違った、そういう原因はあったかもしれません。しかし、「想定していたことと違う」は、2009年の新型インフルエンザでも経験したことです。当時はいわゆる強毒型のH5N1型というものを想定した対策しか頭にありませんでした。しかし実際に発生したのそれほど重症化しやすいものではありませんでした。それを糧に、新たに作られた特措法と行動計画、ガイドラインでは柔軟性を重視していました。どのような感染・伝播性、病原性のものが現れても対応できるように、柔軟に対応することを重視した計画ではありました。しかし、過去に起きたシナリオに囚われて、訓練・演習というところで、柔軟性を失ってしまっていた、というのが大きな反省点です。
今後もきっと、今回の新型コロナの発生シナリオに基づいた訓練・演習を繰り返していくことが想像されます。もちろん、今回の経験を活かすことは重要です。今回できなかったことが次もできなかったというわけにはいかない。しかし、過去問を解いて満足していてはいけないのです。今回の法改正で、今回の反省を踏まえたさまざまな基盤となるキャパシティやツールが作られることになります。でも、次にまた同じことが起きるわけではない。基盤となる能力を徐々に高めつつ、いざ新しいことが起きた時に、それをどのように応用していくか、というところに思いを至らせるような未来志向の危機管理ができるようになっていく必要があると考えています。

司令塔機能について

 最後に、司令塔機能について、一言所感を申し上げたいと思います。6月に次の感染症危機に備えるための対応の方向性が示され、司令塔機能の強化の大方針が示されたところですが、感染症危機管理の司令塔というものについて求められるものを、そして司令塔を司令塔たらしめるために必要なことをいくつか挙げてみたいと思います。

迅速な情報集約メカニズムとインテリジェンス機能

 第一に、迅速な情報集約メカニズムと集めた情報を使える知に変えるインテリジェンス機能です。まずは情報を集めるために、サーベイランスや疫学調査が継続的に行えること、これは感染症対策の最も重要な基盤であり、特に地方自治体で今後も充実させていかなければいけませんが、さらに、医療機関での情報収集機能の強化が特に重要であると考えます。新たな感染症が発生した際に、その初期のリスク評価を行うための情報は医療機関で集める必要があります。初期の症例の臨床情報、すなわちどのような症状が出るか、どの程度重症化するのか、どのような治療が効果があるのか、といったことはもちろん、感染性がある期間はどの程度か、など、どのような感染対策が必要になるか、を評価するのに重要な情報は、初期の数百例を受け入れた医療機関を通じた、丹念な調査研究によって初めて得られるものです。しかし、現実的には医療機関は診療に手いっぱいでそのような調査研究を行う人手や余裕がない、というのが実情です。せめて、初期に新興感染症患者を受け入れる可能性が高い感染症指定医療機関には、そのような調査研究機能を速やかに行える機能を備えておくべきではないか、と考える次第です。
そして、司令塔にこのような情報が集約される仕組みが必要です。今挙げたようなサーベイランスの情報、疫学調査の情報、臨床の情報に加え、医薬品等の研究開発の情報、他国の流行状況や対策の情報など、さまざまな情報がきめ細かく集められ、そして司令塔に集約される必要があります。今回の新型コロナの初期においても、自治体のサーベイランスや疫学調査の情報集約に苦労したことは皆さんご承知の通りだと思います。法に裏打ちされた情報集約の権限の明確化、デジタル化による情報収集の省力化、などさまざまな取り組みが必要です。
情報は集めただけでは意味をなしません。それを使える知に変える、インテリジェンス機能の実現には、専門家集団を活用した分析能力が必要です。ただし、司令塔に単にデータがたくさんあって、研究者がたくさんいれば良い、という話ではありません。政策課題を分析課題に落とし込み、研究・分析を行い、その結果を政策課題にフィードバックするという、政策決定者と研究者の間をつなぐ仲介プロセスが特に重要です。このようなブローカー、仲介者の役割を担える人材を置くことが司令塔のインテリジェンス機能には不可欠です。

素早い政策決定が可能な組織構造

続いて、強力なインテリジェンス機能に裏打ちされた素早い政策決定が可能な組織構造が必要です。新興感染症に対しては素早い判断が求められます。良いインテリジェンスがあっても組織が何重にも積み重なっていて、判断や決断に時間がかかるような組織構造であっては、重要な判断や決断が遅れてしまいます。それは新興感染症対策において、ときに命取りです。司令塔は、素早い政策決定が可能な組織構造を備えている必要があると考えます。言葉を変えれば、ガバナンス、統治機構が重要ということであります。

拡張性を備えた多機関連携のメカニズム

そして、最後に、拡張性を備えた多機関連携のメカニズムを有していることです。
今回のパンデミックのように、平時の規模とは桁違いの対応が発生することを想定した際、平時からそのための人員を常に抱えておくことはできません。すると、今回のような事態になった時には、応援を得て組織を大幅に拡張する必要があります。適切なメカニズムを有していないと、いくら応援を集めても、その人数に見合った機能を発揮することができません。さらに、問題の規模が大きくなるほど、多数の機関が関係することになってくるので、円滑な機関間連携のメカニズムが不可欠となります。
現在も新型コロナの政府対策本部のように、省庁間連携メカニズムというのは存在しています。しかし、応援を得て組織を大幅に拡張した時に、それを円滑に機能させるシステムが十分でないと感じています。例えば米国のインシデント・コマンド・システムのような考え方は、このような拡張性を考える上で非常に洗練された考え方の一つであり、参考にすべきところがあるかと思います。

メカニズムとシステムを使いこなす

これらのメカニズムとシステムがあっても、上手に使いこなせなければ意味がありません。いかに運用するかが重要です。特に重要なことは、危機管理オペレーションの基本的な考え方について、特に政務を含め少なくとも幹部は全て、訓練を受け、このようなシステムとメカニズムを動かすことに習熟している必要があります。また、対策本部のような危機管理組織に組み込まれる方は全て基本的なトレーニングを受けている必要があります。

司令塔に求められるもの、司令塔を司令塔たらしめるものとして改めてまとめますと、インテリジェンス機能素早い意思決定が可能な組織構造・ガバナンス拡張性を備えた多機関連携のメカニズム、そしてこれらのシステムとメカニズムを使いこなすトレーニングが挙げられます。法改正の議論の中でもこれらの要素をご勘案いただきたいと思っています。

まとめ

感染症に限らず、「危機管理」のほとんどの時間は、対応ではなく、「プリペアドネス」、日本語で事前準備、と言われる活動に費やされています。体制づくり、計画づくり、訓練・演習、備蓄、人材育成、医薬品開発などなど課題はたくさんあります。今回の法改正は、その事前準備のひとつであり、また今後の継続的な事前準備の活動を、人員や予算確保という意味でも裏打ちするものであります。準備と対応のツールをいかに充実させていくか、喉元過ぎて熱さ忘れる、ではなく、いかに継続的に地道に能力を高めていくことができるか。法律の役割は非常に大きいと考えます。10年単位の覚悟で、どうか長い目で見てお付き合いいただきたい。そして最後にもう一度、過去問型の危機管理ではなく、過去問を解いて満足するのではなく、常に次に何が起こりうるかを考えつづけて強固な危機管理の体制構築を図っていく、この点にご留意いただき議論を進めていただきたいと考えています。