Reclaiming the State(Mitchell and Fazi, 2017)の和訳 その1

こんにちは. ヘッドホンです. 今回から題名に挙げられた本の和訳試案を, 上げていきます. 今回は「Conclusion: Back to the State」の部分です. https://www.jstor.org/stable/j.ctt1v2xvvp から本の情報を得られます.

結論:国家に帰れ

読者がここまで読んできて推測しているように, 我々がこの本の第2部で概説してきたことは, 「政治的プログラム」ではない. 就業保証を例外とすれば, 我々は具体的な政策を提唱してこなかった. なぜならば, そうすることが我々の仕事ではないからだ. 加えて, その点において, 国ごとに異なった必要性や要求があるからだ. それゆえ, 万能な左翼プログラムというものはほとんど意味をなさない. むしろ, 我々が行ってきたことは, 我々が考えるところにおいて必要となる要件を, 理論的, 政治的ないし制度的用語を用いて提供することである. それは, 社会的であり環境に配慮した進歩的アジェンダが, たとえそれがどんなものであったとしても, 技術的には達成可能であるところの政治制度的枠組みを想像することにつながるのだ. 我々が見てきた通り, このためには次のことが必要である.

(1) 金融主権(つまり通貨発行権)を持つ政府の能力を正しく理解することや, より具体的に言えば, そのような政府は, 自らの通貨を法定不換通貨によって発行できるから, 歳入  つまりソルベンシー  制約を受けることはなく, 従って, 「貨幣を使い果たす」ことも支払い不能な状態になることもできないということを理解すること. これらの政府には常に, 自らの通貨を使用することにおいて無制限の能力があることになる. つまり, 政府が発行する通貨において売り物となっている財やサービスがある限りにおいて, 政府は自らが好むものは何でも購入することができるということだ. 最低でも, 政府は使用されていない労働を全て購入し, (例えば就業保証を通じて)それを生産用途に戻すことができる. このことはまた, 変動為替制の経済においては, 固定相場制の環境において存在するような, 国際収支に見合った成長というようなものは必要ない, ということを理解することを意味する. つまり, 通貨を変動為替相場制で用いる金融主権を有する国家には, 主流派が考えるよりも, 国内の政策の余地はずっと大きく存在することになる. そして, たとえ経常収支赤字を拡大させ, 通貨の減価をもたらすことになったとしても, 政府はこの余地を, 生活水準の向上を追求するために用いることができる. 我々が見てきた通り, 資本規制やその他の手段を通じて, 国際金融への希望は, 政府がその市民たちの幸福を向上させようとする意図への需要と一致させることができる. それゆえ, 現代の不換通貨経済の運用上の現実を理解することは, 国民主権  民衆の主権や, 経済に対する民主主義的制御, 完全雇用, 社会正義, 富裕層から貧困層への所得再分配, さらには包括的であることなどに基づいている  のビジョンを, 革新的にかつ自由に心に思い描くための必須条件なのだ.
(2) 投資や生産, 分配システムにおける国家の役割の抜本的拡張  それと等しくして, 民間部門の役割の抜本的縮小. これゆえ, 21世紀のための進歩的アジェンダには, 必然的に経済の鍵となる部門  最も重要なのは金融部門である  を幅広く国有化することが含まれなければならない. そして, 経済政策における管制高地を民主主義的制御のもとに置くことを目標とした, 計画における新しくて更新された意志. 我々はこれを, 進歩的アジェンダを追求するための, 同じ程度に重要な必要条件であると考える. 特に, 現在進行中  加えて悪化している  環境危機に対処することが不可避的に必要となる社会および生産様式を, 社会生態的に一変させるために.

 これらの二つの条件が, 我々の意見では, 新自由主義に代わる, 根本的かつ進歩的な体制を作るための基礎を提供する. その具体的な中身は, 各国における, または国際間のレベルにおける, 進歩的な思想家, 社会運動, 政党における広範な議論から, 生じるべきである. これが, 現代の左派の不調の核心に迫ることなのだ. つまり, 我々が直面している問題に対する根本的な解決策を, 心に思い描くことができないことであり, その理由については, この本全体を通して我々が概略した通りである. 左派の政治家や活動家は, 国民に向けて, 政府が貨幣を使い果たすことはないということを伝えるのではなく, 不可欠なサービスを賄うために「富裕層へ課税すること」を要求するのである. このことが従って, 租税が政府支出の財源となるという神話を焚きつけることになる. おっしゃる通り, 確かに我々は富裕層へ課税すべきである. しかしそれは富がより公正に配分されることを保証するためであって, 医療や教育, 公共サービスの財源として租税収入が必要となるから「ではない」同様に, 彼らは「緊縮財政」的な解決策を選択する. その中で彼らは, 赤字や負債を減らすことが「財政の持続可能性」を保証するために必要であると, 国民に対して言いながら, 財政カットをより穏当なものとしたり, 調整経路の痛みをより小さくしたりするのだ. 本当は, 国民に対して財政赤字を心配することを完全に止めるべきであることを伝えたり, 社会の進歩を達成するためには「さらなる」財政赤字が必要となることを教育したりするべき時に. 左派の政治家や活動家は, 投機的な金融フローに対して, これらの取引が違法であると宣言すべき時に, 課税することを話題に挙げる. 彼らは「失業率を下げること」を約束する. 彼らが本当は, 金融主権を有する国家が常時, 完全雇用に到達していないことへの理に叶う言い訳が全くない時に.
 左派は, 新自由主義的マクロ経済学の神話の株主になることによって, 根本的な代替案を明瞭に表現することができなくなっている. しかしながら, それこそが我々の必要とすることであって, この本が  我々の望みでは  貢献するところとなるものなのだ. ペリー・アンダーソンが近頃言及したように, 「ヨーロッパにおける左派の反系統的運動にとって」  もっとも同じことは他の至る場所でも言えるのだが  「近年の教訓は明らかである. もしも左派が右派の運動に比して遅れを取り続けたくないのであれば, 体制を攻撃する際にあまり根本的でないような状態である余裕はなく, 体制への反対をもっと首尾一貫したものにしなければならないのである」 いいかえれば, 「左派は今一度, 根源的にならなければならないのだ」近頃の出来事がこれを証明している. アメリカにおいて, バーニー・サンダースが「責任感のある」政治談義を広げるための潜在能力を示してきた. ベッキー・ボンドとザック・エクスレイという, サンダーズの2016年における大統領指名キャンペーンの主要な主催者たちは, Rules for Revolutionaries: How Big Organizing Can Change Everythingという本を書き, その中で次のように述べている.

「バーニーが彼のキャンペーンの始まりから際立たせていたことは, 彼のメッセージと, 使者としての彼の誠実さであった. その後, 彼は本当の政治革命の要素を繰り出した  そして彼はそれを求めた. 彼は, 多くの政治家の考えるように, 実行できることを行えば良いのだとする, ますます膨れ上がる生温い妥協ではなくて, 我々がまさに求めるところの根本的な解決策を概説した. バーニーは, 教育の税額控除についても, 借金することなく行ける大学のことについてさえも話さなかった. 彼は大学の授業料無償化を要求したのだ. 彼は複雑なる健康保険の計画を代弁しなかった. 彼は「健康管理は人権である」と言ったのだ. バーニーは, 刑法における増大する変化ではなく, 大量投獄を終えるよう要求した. 彼には合衆国の大半の場所において実行できなくなるようなところまで, フラッキング(訳者注  ガスや石油を採取する方法の一つで, 水圧破砕を行うこと)を規制するための10箇条計画がなかった. 彼は簡潔に, フラッキングをやめるべきであると言ったのだ」

同様に, 近頃のフランス大統領選挙において, ジャン=リュック・メランションの指導に基づいて, 根本的で反体制的で, 「ポピュリスト」的左派の新たな高まりが見られた. メランションは, 社会党  事実上政局図から拭い取られていたが  が明瞭に表現することができなかったことを, 効果的に表現した. それは貨幣同盟という拘束具に対する根本的な代替案を含む, 未来に向けた進歩的ビジョンであった. フランスの労働者の権利や福利厚生をいつの間にか害している資本に肩入れすることではなく, メランションは, 労働者の権利を回復すること, 富の再分配を根本的に行うこと, 無料の国民健康保険制度, 完全雇用および, 数十年前なら左派の政策としてはありふれたものとみなされていたが, 現代の正統派の文脈では「急進的」に見える政策に向けてのビジョンを明瞭に表現した. 同じことはジェレミー・コービンにも言える. 彼は, 郵便, 鉄道およびエネルギー企業の国有化を含む計画を基にして, 2017年6月のイギリス総選挙において, ここ20年で最良の結果を労働党にもたらした. これらの指導者は全て, 国民主権への積極的かつ進歩的なビジョンを明瞭に表現することによって, グローバル資本主義と国家機構との間に広がる緊張を処理する必要に理解を示している. 我々がこの本全体を通して論じてきたように, 国家主権について新たに注目することが, 左派の復活のために決定的なのだ. ヴォルフガング・シュトレークが述べているように, 今後数年のうちに, 新自由主義の力によって財産を失っている市民大衆が多くなり, 彼らは, ますます「国家的民主主義を, それがたとえ不完全なものかもしれなくとも, 民主主義的なグローバル社会という幻想よりも, 選ぶ」 だろう. その現実が憎しみ, 不寛容, 権威主義に基づくものなのか, 社会的, 経済的, 環境的な正義に基づくものなのかは, 我々にかかっているのだ.
 最後に, たとえこの本の中で, 我々が主に進歩的国家戦略の経済的かつ技術的な側面に注目してきたとはいえ, 人々の関心と理解とを手に入れるためには, 人々が注目せざるを得ないような, 社会生態的計画を有するだけでは不十分である, ということは明らかである. 政治経済の観点から, 国家を中心に据えることのほかに, 左派は, 世界をまたにかける国際的エリートに属さない  そして決して属することのない  非常に多くの人々にとって, 自らの市民意識, 集合的同一性, そして共通善が, 本質的にかつ心の奥底から, 国に結びついているという事実と折り合いをつけなければならない. 究極的には, 市民であるということは, 共有された政治的共同体の中で他の市民たちと熟議し, 裁決者に説明責任を負わせ続けることを意味するのだ. マイケル・イグナティエフが次のように書いている.

「大半の市民は, 国家も愛さないし, アイデンティティが国家とともにあることも愛さない. 彼らは家族, 近隣住民, 伝統に, 親密さや, 人生に意味を与える忠実さを期待するのだ. しかし彼らは, 社会において競合する権力の源を, 公益の善のために使わせるための権力を持った主権を必要ともするのだ. 人々は大きな政府を望まないが, 保護されることは本当に望むのだ. 彼らは, 自らが冒す危険に対する責任は完璧に取ろうとしている. しかし彼らは, 強者によって押し付けられる体制的危険から自らを守ってくれるような, なんらかの公的機関を欲している. 彼らは何故大企業が利益を私有化し, 損益を社会化しているのかを見ようとしない. 人々は十分な主権を欲するのだ. そしてこれに同調し, 人々は自らが主権者であるという感覚を得たいのである」

今日の右派もまた, 「集団的同一性」の物語を, 力強く作り上げることに成功しているからこそ勝っているのである. その中では国民主権という言葉が, 排外主義的, 民族主義的, あるいはレイシスト的な表現でもって定義されているのである. 従って, 進歩派も同じくらいに, 人間には, 親密な関係や相互に関連していることが必要であるということを認めるような, 強力な物語と枠組みを提供できるようにしなければならない. この意味において, 国民主権への進歩的ビジョンは, 国民国家を, ヴォルフガング・シュトレークが述べているように, 文化的かつ民族的に同質化された社会としてではなく, 市民たちが「民主的な保護, 民衆によるルール, 地方自治, 公共財そして平等主義的伝統の中に」避難できるような場所として再定義し, 再構築することを目指すべきである. これはまた, 相互依存の, しかしながら独立した主権国家に基づく, 新たな国際(主義者)的な世界秩序を構築するための, 必須条件になるのである.


脚注

Perry Anderson, ‘Why the System will Win’, Le Monde diplomatique, March 2017.
Becky Bond and Zack Exley, Rules for Revolutionaries: How Big Organizing Can Change Everything, White River Junction, VT: Chelsea Green, 2016.
Wolfgang Streeck, ‘The Return of the Repressed’, New Left Review, Vol. 104(March-April 2017).
Michael Ignatieff, ’Sovereignty and the Crisis of Democratic Politics’, Demo Quarterly, 17 January 2014.
Wolfgang Streeck et al., ‘Where Are We Now? Responses to the Referendum’, London Review of Books, Vol. 38, No. 14(14 July 2016).

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?