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#エッセイ#ゆたかさって何だろう 今は笑おうパート2 「笑和56年 (ブレない)と、言う事」

バッハ松原。私が小4の時に同じクラスだった女子だ。昭和の頃は1クラスに40人程いた為、一年間、ほとんど喋らない子もざらにいて、バッハ松原もその一人だった。このあだ名は天然パーマでピアノが上手かった彼女に私が勝手に付けたもので、クラスメイトが彼女を呼ぶあだ名は別にあった。彼女はおとなしくて存在感は、ところてんと匹敵するくらいだったが、私は彼女に一目置いていた。どんな縁があるのか分からないが私とバッハは小1からずっと同じクラスで、彼女の動向を誰よりも見ていたからかもしれない。大抵の子供は大した目的もなく、半日で終わる土曜日を待ちわび、吉本新喜劇を見ながら昼飯を食べ、明日は日曜日だという余裕の中、夜は日本昔話からの「8時だよ!全員集合」を見る。そんなささやかな幸せのお陰で、なんとなくやり過ごす事が出来たけれどバッハは違った。私は一度だけバッハと話した事があって、それも彼女の方から声をかけてきた。バッハが言うには、母親は若い頃、ピアニストを目指していたらしいが、自分の才能に限界を感じ、それを諦めて仕方なく結婚をして、仕方なくピアノ教室を始めたのだと教えてくれた。なぜ、大して仲の良い訳でもない私にそんな家庭内の入り組んだ話をしてくれたのかは分からないが、それを言った後の彼女の眉毛は八の字になっていた。そして、更に眉間にシワを寄せ、こう言った。「お母ちゃん、私に期待してんねんて。そんなんされても困るわぁ。あんたはえぇなぁーいっつも自由そうで」こもった声でそう呟いたバッハは何か見えないものから逃げだしたいように見えた。確かにバッハはピアノの発表会前になると、休み時間を返上し、机の上に紙の鍵盤を広げて狂ったように指を動かしていた。呑気で馬鹿な私は「よーあんなに指が動くもんや」と思って彼女を見ていた。バッハとは学校以外にも近所の銭湯でよく一緒になった。けれど、お互い会話をする事もなかった。彼女は毎週末訪れるその銭湯で自分の中のモヤモヤを洗い流しているようにも見えた。そして、その後は決まって同じバニラアイスを食べるのだ。当時、販売されていたアイスクリームたちは今ほど小洒落てもいないし、味も複雑ではなかったけれど、何もかもが複雑な今だからこそ、シンプルだった昔の物が懐かしくなる時がある。当時のアイスクリームだって、そこそこ色々な物が発売されてはいた。その都度私はそれらに振り回され、みるものこじきで食べていたけれど、これが、一番!と、いうものが私にはなかった。ところがバッハはどんなに魅力的なネーミングのアイスクリームがあっても絶対に同じメーカーのバニラアイスしか食べなかった。冷蔵庫を開け、迷う事なく、紙カップに入った平凡なそれを取ると、つま先を立て番台のおばちゃんに100円を払い、髪の毛をお釜式のドライヤーに突っ込んで髪を逆立てながら木の匙で無表情で食べていた。私はバッハのおかまの中の逆立った髪がおさまるのを待って、一度だけ聞いた事があった。「なぁー、なんでいつもバニラしか食べへんの?他にいっぱいあるやん。ナッチョコジャムンチョとか宝石アイスもバニラやで?ホームランバーかてクジ付きやし。なんで、いっつも同じもんなん?」そう言いながら私はまた新しく出たうまか棒を食べながらそう聞いた。すると、バッハはかぶっていたおかまを上に上げてこう言った。「ただ、これが一番好きやから、それだけの事や」小4の私はバッハがボソッと言ったその一言が胸に刺さった。この子はまだ小4なのに、まだ子供なのに、まるでぶれずに自分を持っている。何か嫌な事があってもちゃんとそれを吐き出す術を知っている。何もごまかさずに生きている。私は恥ずかしくなった。流行り物が出れば皆んなが持っているからと、それ程欲しくもないのに親にせがみ、遊びに誘われると、他にやりたい事があっても断る方が面倒でついつい承諾する。子供ながらにジレンマを感じていた私はバッハが言ったそのシンプルな言葉のお陰で一つだけ空いていたパズルのピースが埋まった気がして嬉しくなったのを覚えている。だからといって大人になった今、自分らしく生きているのかと言われると、そうでもない。何故なら、この世は何でもかんでも複雑になり過ぎて、それに振り回されて自分の足元を見る暇がない。でも、あの時、銭湯で言ったバッハの言葉が御守りのようになっていて、そこまで生きるという事を投げ出さずにすんでいる。どんなに複雑な時代になっても、AIみたいなものが人間社会を占領したとしても、感情のある人間の言葉には敵わない。だからこそ、自分の口から出る言葉だけは優しいものでありたいと思う。令和三年51歳のバッハは。と、いうと…。風の噂で銭湯の女将さんになったと聞いた。バッハはどこまでいってもブレない女だった。空から見えない恐ろしいもの舞ったり、それが悪者達が海にばら撒こうが、コロナみたいな訳の分からないオバケが何回も姿を変えてやって来ても私はバッハみたいに優しくぶれないババァで生きて行こうと今は切に思ったりしている。まじで。サンキューバッハ!


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