表紙21

其の百十六 吉本さんの自己表出

《吉本隆明さんの講演『芸術言語論 −沈黙から芸術まで』(平成20年7月19日@昭和女子大学人見記念講堂)を、ぼくが毎回ほんのちょっとずつ聞いてゆきながら、あらためてどんなおはなしだったのかを思いかえしてまいります。》

こんにちわ。まだまだ、きくです。

前回noteでは、「いや、でも糸井さん。なにはともあれ。だいたいほぼ半世紀に渡って頭ん中で揉んできたあれだから、そう簡単に…」と吉本さんおっしゃったりされたばめんでした。

んでは、つづきです。。。

吉本さん「あの。言やぁ、言やぁ、そういうふうに考えるとね。」

「はい。」

吉本さん「やっぱり、あの。あまり、」

「はい。」

吉本さん「あれ、あの。えー。期日とかそんなん問わずに、あの。ほぼ、ほぼ、」

「ほぼ、」

吉本さん「ほぼ(日刊)イトイ新聞に、もうあんまり固執しないで、」

「はい。」

吉本さん「適当なときに適当な疑問符を訊いてもらって、っていう。そういうふうにやってもらって、そのくらいに考えていたほうがいいんじゃ。実現しやすいんじゃないでしょうか。」

「わかりました。あの。こちらの勝手を言えば、しつこく付きまとわせて…」

吉本さん「あ、は、は、」

「…いただこうと思いますので。」

吉本さん「はいはいはい。」

「今日は、その何十年の分を三時間かかりまして。で、その、あいだあいだのところのなんとも言えない沈黙も含めて、吉本さんの自己表出だと言うふうに…」

吉本さん「ははは。」

(会場笑。そして盛大な拍手。)

「えー、たぶん把握してると思います。」

(鳴り止まない拍手。)

「お書きになるものはまことにキレのいい文体でございますが、」

吉本さん「ははは。」

「本日の部分は、そういうものではない。と。えー。ま、自己表出そのものを垣間見てしまった、という感じですが。では、プログラムをちょっと変更させていただきまして。後半の、すこしお話ししましょうか、っていうのを、やめさせてください。」

(チャプター15 / 司会(糸井重里)_3:10〜)

‥‥というこんかいのところでは、糸井さんがおっしゃった「あいだあいだのところのなんとも言えない沈黙も含めて、吉本さんの自己表出だと言うふうに、」てゆうのが、なるほどなぁー、と思いました。

そして。ここからは講演音源ではカットされておりますが、吉本さんと糸井さんとそして観客全員での記念撮影が始まりまして。観客みんな立ち上がって、カメラのレンズに入るようちょっと中央へ寄りながら、撮影をいたしまして。(カメラマンは、当時のほぼ日乗組員さんの「ぐっさん」さんだと記憶しております。) それで、その写真はあとで「ほぼ日」で配信されたとぞんじます。じぶんもコンピュータのどこかへ保存したはずなので、ひさしぶりに探してみたいー。

っとゆうわけでぇ。ここでこの「チャプター15」も終わりまして、次回noteではつぎのチャプターを聞きます。なんとか、つぎのが最後のチャプターで、ここまで来たらもう最後まで。。。

平成28年12月8日



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