20190117空

追悼のサイレン。

ぼくの住んでいる愛知県豊橋市では、
一年に数日、追悼のサイレンが鳴るのですが。

その日は、たとえば、
終戦の日の「8月15日」でしたり。
広島・長崎へと原爆が投下された
「8月6日」および「8月9日」でしたり。
また、東日本大震災の「3月11日」でしたり。。。

ぼくの記憶では、
それらの日のその出来事が起きた瞬間の時刻、
市民へ追悼を呼びかけるサイレンが鳴る。

このサイレンを聴きながら、
ぼくも、自宅におれば黙祷をするのですが。
なんだか、よくよく考えれば、ちょっとだけ、
なんだか、もやもや、してきてしまうの。

つまり、どうしてこの4日間なのか。的な。。。

たとえば、本日、
阪神淡路大震災の「1月17日」でしたり。

そのほか、ここ数年日本各地で起きました
震災の日でしたり。

また、「戦争」のことで申しあげますれば、
地元でゆかりのふかい、ということで、
ここ豊橋市のおとなり「豊川市」での、
せんじつのnoteのなかでもすこし申しあげました
豊川海軍工廠の爆撃、Wikipediaによりますと
日にちは「昭和20年8月7日」でしたり。
そして豊橋でも空襲はありましたので、
その日は「昭和20年6月19日深夜より20日未明にかけて」
とのこと(Wikipediaより)ですが。

さらには「昭和20年8月14日」、
豊橋と田原をむすぶ鉄道「渥美線」の走行中の電車への
戦闘機による襲撃。という出来事があったり。。。

それらのそういう日には、
追悼のサイレンは鳴らないのかなあ。と。

いや、べつに、「これではだめだ。」と
批判したいわけではなくって。
でも、「これで、よい。」とも、
つよく叫べなそうではあるけれども。
どうしてなのか、というのが、
ぼくにはうまく考えられない、と申しますか。

おそらく、なにかしらの事情がある、と申しあげますか。
いろいろ、しょうがなさ、などなどが
あるんだろうかなあ。って。

たとえば、震災の起きた日のサイレンというのは、
一年に一度だけにしましょう。
みたいな取り決めがあるのやもしれないし。
それが、現在では「東日本大震災」の日、というのは、
やはり、規模のことなのか、
いや、たとえば、被災なされた方々の人数の比較、だとは
思いたくないけれども。

となれば、東日本大震災の起きた「平成23年」以前では、
市の追悼のサイレンはどうだったか?!
というのも、もう、思い出せないんですが。

よくよく考えれば、すこしだけ、、
とくに、嫌だ、というほどではもちろんないですが、
どことなくもやもやしてきてしまう。

ほかの都道府県の市町村では、このような、
追悼のサイレンはどうなっているのでしょうか???
というのも、ぼくはぜんぜんぞんじあげないですが。

サイレンに関係なく、じぶん自身の思いで、
追悼を想う、ということなのだろうなあ。
とぞんじます。。。

平成31年1月17日


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