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勝利への優先順位



お久しぶりでございます。
皆様日々健やかですか…?
先日はTwitterにて、ただただ逆上がりをする動画を見てくださりありがとうございました。
千鶴(スタッフ)の笑い声とともにお送りし、お客様からは『元気が出ました』とお声を複数いただきまして、心の底から安堵いたしました。
くだらない遊びにお付き合いいただきありがとうございます。


常に面白いことはやっていきたい所存です。



今回は私が小学生の頃をふと思い出し(て、うわああああああとなっ)たので(自戒の為に)つらつらと書いていきます。

本当にどうでもいい自分のための呟きになってしまったことをお詫びいたします…





小学生の頃、同級生のチームメイトがバレーボールスポーツ少年団の休憩中に


「どっか遊びに行きたいなぁ〜」


とつぶやいた時、たまたまそれを監督が聞いていて、


『週6日練習しているチームが週7日練習しているチームに勝てるはずはない。勝ちたい奴らは夢中で必死に練習してる』


と言っていたのがずっと記憶にあって、当時は、まぁそうだよなぁ〜…くらいにしか思いませんでした。



練習量は多かったけれども私達はただこなすだけの練習をしていただけなので、その時夢中で必死になってやっていたチームに勝てなかった理由はそこだったな、と気付いたのは大人になってから。


むしろ真剣に考えながらがむしゃらにやっている強豪校に勝ちたい・勝てるかも、だなんて相手にとても失礼でした。

勝ちたいという熱量がすでにそこで負けていたのです。


上手くなりたくて、勝ちたくて、誰よりも長くコートに立っていたくて、という気持ちはあったものの、どうやったら上手くなるかと考えて練習したり、夢中になって練習するという事はしていなくて、ただただ与えられた練習量をこなして終わったら「終わった〜!疲れた〜!お腹空いた〜!」と家に帰り次の日を迎えていましたし、どこかで「明日も練習だなぁ…」くらいの認識で、「明日は絶対にこれをクリアする!だからちょっと早く行って先に練習しておこう」や「持久力が足りないから帰ってから走り込みに行こう」などはなく、気まぐれに追加練習を加えていたくらいでした。

上手くなりたい、と思っているだけでは上手くならないですし、やることをきちんとやっている人が上手くなりますし、何かしらを自分の糧にしようとしている子はギラギラしていました。
目つきも顔つきも違ったのは、覚悟も練習量も考え方も全部私達のチームをこえていたから。

純粋にカッコいいと思って、なりたかったけれど、"なりたかったから練習をこなした"では足りなかったのだと大人になってから知りました。


勝って泣くことが出来るのは全国で1校だけなのに中学でも本当に中途半端なことをしていて、とても甘かったな、と。

しかもその勝ちたい気持ちに監督やコーチや保護者やチームメイトを付き合わせていたのにも関わらず中途半端だったな、と。
とても失礼なことをしておりました。
この場をお借りして謝罪を…


ゆったりまったり生きるのが合っている人も、何かしらを自分に課しながら生きることが向いている人も、0と80くらいでメリハリをつけていて生きるのが上手い人もいて、私は何かしらを極めていくのが合っていて面白いと感じるのでもっと精度をあげていきたいです。


世の中のプロフェッショナル達は〈やるべきことをやってきた人々〉。

極めたい、上手くなりたい、やり遂げたい、の優先順位がなによりも高い。





よし、気合いを入れていきます!!!!


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