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仕事を辞めて社会人入学で芸大通っていた話

 26歳で初めて職に就いた。就いてすぐ泥舟に乗ってしまったと気づいた。しかし、すぐには泥舟から降りられなかった。
 不登校からの流れで長らくニートをしていて学歴が無かったせいで、どうすればいいかも分からなかった。表向きには中卒、実際には中学校には1ヶ月しか通っていない。中学1年生のゴールデンウィーク以後全く授業には出ずに卒業した体になっただけ。
 たまたま印刷会社の営業をしていた知人のコネでお情けで採用してもらった。
 仕事がDTPオペレーターだから、最低限IllustratorとPhotoshopの操作を習うために半年ほど塾のような場所には通ったがそれ以外は全く無知なまま。

 知人のメンツを潰すわけにもいかないと思って、1年はきちんと働こうと決めた。3ヶ月経ったら半年、半年経ったら1年。時間が経つうちに自分の無知を不便に感じた。それはデザインに関することも、それ以外の沢山のことも。
 いつの間にか芸大美大に通うことが目標になった。専門科目以外のことも教わりたかったから大学に行きたかった。
 しかし就職して1年経って退職を申し出ようと思ったタイミングで先輩が辞めてしまった。仕事を引き継いだり、引き継げなかった案件の代わりの案件を得るために必死で働いているうちに目標より3ヶ月過ぎた。年末に辞めようと決めて小さな会社の中で最も学校に行くことに理解がありそうな上司を選んで相談した。「芸大美大に通いたい。そのために今年いっぱいで退職したい」と申し出た。狙い通り快諾は得られ、一応円満なかたちで年末に辞めた。

 退職して一ヶ月は何もしなかった。それまで年末進行でほとんど終電帰りだったので心身が疲れていた。
 一ヶ月経った頃、リビング新聞で不登校児(の親)向けのフリースクールや通信制高校のイベント開催の情報を見つけた。
 週末、一人でイベントに行った。たいていのブースで保護者と間違われた。場違いだと思った。けれど、そんな中に高卒認定の予備校のブースがあった。ブースの人は8月に高卒認定の試験があることを教えてくれた。今から予備校に入って8月に高卒認定を取ったら来年の春に大学に入れますと言った。他のブースは通信制高校などなので3年かかると言うのに。他の連れてこられた子どもと違い、30歳が間近に迫るわたしには高卒認定を受けることが最善の選択だと思えた。すぐに入学希望を出して、翌日には現金70万を持って学校に行った。決して高給だったわけではないが、お金の使い方をあまり知らなかったのと終電帰りで遊び歩く暇がなかったので給料の半分以上は貯金したままだった。
 三月から高認予備校に通い始めた。先生は「毎日授業を受ければ試験には受かるようになるから授業に来てね」と言った。結論から言えばその言葉は本当だった。先生たちは落ちこぼれの多い生徒に対して懇切丁寧に授業をしてくれた。わたしは自習に近い時間以外はなるべく休まずに授業に通った。知らないことを知ることは楽しかった。もちろん全てではなかったけれど。
 数学だけはずっと苦手だったし認定試験も落ちて、別途単位履修をすることになった。
 一方で現国は学べば学ぶほどに伸びた。高卒認定試験前に、最悪古文漢文が1問も解けなくても国語は絶対に受かると言われていたが、結果は古文漢文もまぁまぁ解けた。国語だけは高卒認定クラス内のトップだったらしい。まさか自分にこれ程の伸びしろがあると想像もつかなかった。
 高卒認定試験後はそのまま校内の大学受験クラスに移った。志望校は地元の私立芸術大学。理由は社会人入学制度があってデッサン無しで小論文で行けるコースがあったから。小論文を書けるようになるために文系受験コースで小論文の書き方や面接の受け方を学ぶことにした。……しかし、小論文で受験できないことが発覚した。オープンキャンパスで下手でもいいから絵を描いて見せて欲しいと言われた。
 それから平日昼間は予備校に通い、午後や土日は下手くそな絵を描いていた。水彩色鉛筆でF4サイズのスケッチブック一面埋め尽くすように塗っていたのは今考えると割とイカれた話だけど。
 一ヶ月に一度(既に入学が決まった子たちのスクーリングに引っついていくかたちで)志望コースの先生に絵を見てもらい、面接試験を受けて無事に芸大に入学した。そして更に回り道をして卒業した。具体的には休学もしたし留年もしている。
 それでもとても楽しかった。少なくとも最善に近い選択をしたと思える。知りたいこと以上に様々なことを学べたし、美術やデザインではないが才も見出された。あのまま泥舟から降りなければ得られなかった機会だ。
 今はまだ中途半端な年数しかない職歴に阻まれて転職が叶わずに苦しんでいる最中で輝かしい立場なんて全くない。それでも、あのまま泥舟に乗り続けていたら虚しい人生のままだったと思う。足掻いて這い上がろうとする意志は自分であろうと貴いものだ。

 たぶんnoteの客層的にはタイトル詐欺も甚だしいのだろう。きっとnote使う層は社会人入学といえばMBA的な、既にある職能を更に向上するものであってマイナスから人並みになろうとした話ではないのだろう。

 そして、このクソ長い話のどこが転職かといえば、まぁ、仕事辞めて大学生になったのも一種の転職なので。
#わたしの転職体験

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