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今だからこそA&Rストラテジーを改めて考えてみた

久々の投稿で何をテーマに選ぶか考えましたが、「ヒューマンキャピタル」を事務所名に戴く身としては、やはりこの領域のテーマにしようと考え、A&Rストラテジーを取り上げることにしました。

フツーの人を採用するなら、金銭報酬を引き上げればすぐ事態は好転します。しかし、優秀な人の場合、高額報酬だけでは不十分であり、簡単には振り向いてもらえません。KFSは何か、「我が社はコレで採用できてるよ」と言える企業はほとんどないように感じます。

まして、経営環境の不確実性や複雑性が増し、価値観やワークスタイルも多様化した今、優秀人材の人材像、働き方、そして企業側の働いてもらい方も激変しています。人口オーナスやDXを乗り越えて勝ち残るには、優秀人材の貢献は必須であり、レガシーなヒューマンキャピタルマネジメントの抜本的見直しも待ったなしです。

この現況を踏まえて、A&Rストラテジーについて改めて考えていきます。


認識合わせ

A&R(Attraction&Retention、惹きつけ・引き留め)は、優秀人材の採用・活用・定着に関する統合的取り組みであり、ここでは「A&Rにおける優位性を創出できるようにデザインすること」をA&Rストラテジーとしました。A&Rストラテジーは優秀人材にフォーカスしたものであり、それ以外の人は対象外であることも認識しておきましょう。

次に、優秀人材とはどんな人かも明確にしておきます。ここでは「DX時代に具備すべきハイレベルな能力と、価値創造に対する確固たるコミットメントを有し、企業価値向上を実現する人」としました。端的に言えば、テクノロジーとビジネスの両方に精通し、一騎当千の傑出した成果を創出する人材であり、CxOを担って然るべき人のことです。

優秀人材を欲しがる理由

そもそも経営が優秀人材を欲しがる理由はなんでしょうか。筆者なりの答えは、「企業価値向上の鍵を握る稀有な人材が味方になってくれれば競争優位を確立できるチャンスが拡がるが、敵に回したらこれほど怖い相手はいないので、なんとしても自社に引き込みたいという強い思いがあるから」と考えています。

こう考えた根拠を3つあげます。

驚異的な生産性

経営やDXのような高難度かつ複雑な業務に従事する場合、優秀人材の生産性は平均的な人の8倍になるという研究結果があります。「優秀」と呼ばれる所以がこれです。8人分の仕事を1人で仕上げられるというのはスゴ過ぎますが、クライアントの中でそれを実感させられた方(CIO、CTO等)に実際にお目にかかったことは確かにあります。

絶望的な希少性

労働オーナスに伴って絶対数が減っていることに加え、既にどこかに在籍している優秀人材にとって、不確実な時代にジョブハントしてリスクを冒すより、留まるほうが有利と考える方が増え、流動化する人が更に減っているからです。市場価値の高騰も招き、留まっていても年俸は高騰し、ますます流動化の減少に拍車がかかる事態も起きています。

想定以上の流動性

採用・活用・定着が極めて難しいことです。優秀人材は、自らの能力を発揮する機会と必要な環境を求め続け、それが得られなければ即流動化します。それゆえ錚々たる大企業でさえA&Rが適切に機能していると認識する企業は2割強に過ぎず、有効な打ち手を考えあぐねているという調査結果があります。大企業でさえそうなら、それ以外の企業は推して知るべし、です。

短い間だけでも味方になってもらえれば勝ち残れるチャンスが拡がるけれど、敵にまわしたら悲惨な目に遭うかもしれないなら、採りたくなるのは当然です。ただ、引く手数多の高嶺の花ですから、味方になってもらうのも並大抵のことではなく、経営にとっては採りにいくのもいかないのも思い悩むところなのでしょう。

A&Rストラテジーの実効性を高めるポイント

では、優秀人材の惹きつけ・引き留めポイントについて考えていきます。

企業価値向上の鍵となるジョブの特定

A&Rは「優秀人材」に関する施策なので、つい「人」ベースで検討しがちですが、実は「ジョブ」ベースで考えなければなりません。理由は、優秀人材は企業価値向上の鍵を握るジョブに配置することが鉄則だからです。最も価値を生み出すジョブに一騎当千の人材を配置せずして、企業価値向上は実現できませんから、この点に関する議論の余地はないでしょう。

ジョブの特定に関しては、以下の手順で検討します。

  1. 既存事業の成長を牽引してきたビジネスリーダーのジョブを選定

  2. 当該ジョブに従事する次世代リーダー候補人材の能力開発状況の把握

  3. 当該事業の今後3~5年程度の成長・変化の予測

  4. 新規事業等のビジネスリーダーのジョブを選定後、上記2~3を実施

  5. とりまとめ

アトラクティブなジョブオファー

優秀人材に投入してもらうリソース(時間、労力、知見等)に対して、どのようなリターン(ジョブそのもの、EX、報酬、経営からの支援等)を提供できるのか、「この会社で、この仕事で、この人達と働きたい」と切望させるような魅力あふれるジョブオファーが必要です。

そのためには、優秀人材が重視する4つの要素(ビジネスリーダー、レピュテーション、ジョブ、リワード)において、1つ以上の要素を魅力的な水準に引き上げましょう。例えば、下記のような視点で検討してみてはいかがでしょうか。

  1. ビジネスリーダーの魅力
    パーパス、ミッション、ビジョン、バリューそのものの魅力は勿論、今日的なビジネスリーダーとして具備すべき人間的な魅力で惹きつける

  2. レピュテーション
    財務指標は勿論、SDGs、ESG、ウェル・ビーイング、DE&I、人的資本経営等、非財務指標においても社会的な要求水準を満たすべく取り組む

  3. ジョブ
    職務内容、職務遂行上必要とするリソース、権限、経営からの支援体制等、価値創造に専念できる環境を提供する

  4. リワード
    市場価値を上回る金銭報酬・非金銭報酬、完全成果連動型報酬制度、SO等で厚遇する(中小企業は非金銭報酬による差別化を特に重視)

そして、オファーと実態を一致させることが不可欠です。魅力的なオファーに惹かれて入社したのに、実態が伴っていなければ、たちどころに信頼が損なわれます。見切りをつけられるだけでなく、悪評が瞬く間に拡散し、炎上しかねませんので、言行一致は急務です。

アナリティクスの活用

A&Rの実効性を高めるためには、テクノロジーとツールが不可欠です。誰を採用し、どこに配置するかを検討する際、アナリティクス、適性検査、サーベイ等を活用すれば、既存の優秀人材は勿論、将来優秀人材となるだろうポテンシャル人材へのアプローチを効率的に行うことができます。また、価値創出能力に関しても、能力測定やアセスメントツールを活用することにより、採用・登用してもいい人材か否かの判断を客観的な根拠に基づいて行いやすくなります。そしてリテンションに関しては、退職者の行動特徴データから導出される離職率の予測分析結果に基づいて対策を講じることが可能になり、貴重な優秀人材の流出リスクを極小化できるのです。

続いて、上記3つのポイントを踏まえて具体的なデザイン手順を考えます。

デザイン手順

1. スコープの設定

今後3~5年間の事業戦略を策定し、それを実現するうえで必要になるケイパビリティを明らかにします。具体的には、戦略策定時に想定する複数シナリオに基づいて、ターゲットとなるジョブの特定と優秀人材の数をシミュレートし、いつ、どのジョブに、どんな優秀人材が何名必要かを明らかにして、「要員・人的資本投資計画(Human Capital Investment)」にまとめましょう。ご参考までに、文末の「Appendix」もご参照ください。

2. 離職率の予測分析

現時点の既存人材の強みを定量的・定性的に分析し、1のシミュレーションから導出したあるべき状態とのギャップを把握します。そして、その状況を生み出した従来のジョブオファーに対する社内外の意見を聴取してレビューします。予測分析や定性分析を活用して、優秀人材の採用・活用・定着のボトルネックを特定しておきましょう。

3. ジョブオファーの魅力度アップ

2で実施したジョブオファー・レビューを踏まえて、ジョブオファーの価値の源泉となる差別化要因を選定し、優秀人材を惹きつける内容に改善します。同時に、優秀人材の業務から無価値なものを除外、価値創出に集中するジョブに再編して、採用人数を最小限まで絞り込みます。採用プロセスも改善して、採用業務への投入工数削減と歩留まり率向上を実現します。

4. テクノロジーの導入

一連の取り組みを実行するためには、アナリティクスとツールの活用が不可欠であり、適切なテクノロジーを検討し、選択します。データに基づいて業務改革を実行して、優秀人材の採用は勿論、企業価値向上の軌跡を適切に捕捉し、評価、育成等のマネジメント・システムを構築します。同時に、A&Rには、経営の強いコミットメントが求められるという認識を共有します。

5. 意識と価値観の共有化

A&Rは絶えず改善することが重要です。既に活用中の優秀人材を起点とするリファラル採用の仕組みの構築をはじめ、OKRや1on1ミーティング等、モチベーションの維持・向上をはかるマネジメント施策、パーパス・MVVと短期目標という長短時間軸双方への貢献に関する意思の乖離や齟齬を解消するモニタリング機能や調整等、絶えず丁寧に行うことが必要です。

これらの検討結果をとりまとめたものが新たなA&Rストラテジーとなります。優秀人材に存分に腕を揮っていただくためには、企業価値向上をリードしてもらうことに最適化した仕掛けと仕組みを整えておくことが不可欠であることをご理解いただけたかと存じます。

Appendix

今回の投稿内容に関連する方法論等も弊所ホームページに掲載してあります。お時間がある時にご参照いただけますと幸いに存じます。

Human Capital Investment(人的資本投資)

Human Capital Investment(人的資本投資)は、人件費をコストではなく投資として捉え直し、インプットに対するリターンを最大化する仕組みを整えるものです。働き方・働いてもらい方の多様化への対応と、人的資本採用に関するパラダイムシフトを伴う内容であり、DX時代に即した要員・人的資本投資計画の最適化を実現する際の必須アプローチです。

Human Capital Management(コア人事制度改革)

Human Capital Management は、ランク、評価、報酬、自己成長支援の4つのコア人事制度を軸とした人的資本マネジメント体系のことです。人口オーナス、価値観や就労観の多様化、健康経営等、DX時代のピープルマネジメントに最適化されたフレームワークを導入して、個別制度をデザインし、全体のアラインメントをとって新体系への転換を推進します。

People Analytics(ピープルアナリティクス)

ピープル・アナリティクスは、組織内のあらゆる部署にある様々なデータを、ヒトに着目して分析することにより、経営や人事に関する意思決定や施策立案に役立てることを目的としています。例えば、人材採用、配置、退職、要員・人的資本投資計画の精緻性向上等が実現できます。ツール選定、折衝、導入・定着支援まで伴走いたします。

最期までお目通しいただきまして、ありがとうございました。ご質問、疑問点、コメントなどがございましたら、お気軽にお寄せいただければ幸いに存じます。皆様にとってなんらかの手蔓となれば嬉しいです。


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