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快楽の栓をこじ開けた男児らは上気して報告する / 芸術未満 15

 小学6年のクラスにはヤンマーや、たっかん(もっしゃん)たちの団地グループとは別に野球部員ら坊主頭の悪たれグループがあった。
 坊主メンバーらには野球部で小柄なピッチャー稲草らを中心に、口が大きく三角顔の火野をサブリーダー(番頭)として流動的に何人かがいた。火野は子供らしからぬ助平さで知られ、万引きしたカバンには雑誌から切り抜いた女の裸体写真を持ち歩いていると噂されていた。
 稲草と火野らはあろうことか学校の昼休みにトイレで手淫をしているようであった。
 昼休みが終わり、教室に戻ってくる際、稲草は得意気に下田に言った。
「今さっき、白い液を出したったわ」
 まだはっきりとした意味を解せぬ下田は「そうなんや」と形だけ返答した。(「白い液」って何? と聞いてはいけない気がした。)稲草は鼻息荒く顔を仰け反らせている。「白い液…」一体それは何なのだろうか。
 稲草と一緒にトイレにいたらしい火野は事を済ませたのか(自慢する稲草や、それを聞かされる)下田の方も見ず、逃げるようにベルの音と共に席に着いた。
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 授業中になぜか不自然なほど正々とトイレに立つ女子児童がいた。
その様子を見ると、火野はへつらうような笑みを浮かべ「横山はアレやで」とぼそぼそと稲草に言う。「そうやな」と稲草は子分の報告に応え「はんぺん持っとったしな」と示し合わせ声もなく笑っている。 
 勉強に一途らしく友だちも少ないらしい真面目な横山という女子児童だった。
 火野らの言う「はんぺん」とは何なのか分らなかったが、授業中に席を立つ彼女の手を見ると、女の子らしいキャラクターの付いたポーチを両手で隠すように持っている。
 下田は全てを理解した。
 意志の強そうな短髪の横山は授業中でも「先生」と言い、悪びれることなく堂々と教室のドアから出入りをした。
 持参のポーチを陰で火野らに笑われているのを彼女は気付いているのだろうか。気付いてなければ良いのだがと下田は思っていた。
 性はぎこちなく、おっかなびっくりで残酷だった。ポーチを持ち、ぴったりとしたジーンズを履いた横山が(彼女の態度もあろうが)強靭な「女性」であるように下田には見えてきてしまうことがあった。毅然と「性」を受け入れ、男児らの嘲りも意に介さない寡黙な女子児童。稲草や火野らは彼女に見下されたような、取り残されたような気がしていたのかも知れない。稲草はクラスの誰より小柄だった。横山の態度に野球部員らは内心、焦燥していたのかも知れない。
 男児は快楽の栓を無理やりこじ開け、女子児童は傍らで血を流していた。

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 常に周囲にぎこちなさを感じていた下田にとって、必要以上に理想化された女性たちは心の支えであった。「もしあの子とつき合えたら、もし彼女と両想いになれたら」などと妄想し、遠く離れた幻想的存在から限りなく精神力の供給を受け続けていたのだった。
 ポーチを持って悠然と席を立つ横山はどこか「母親」のような落ち着いた強さを感じさせた。下田が息を飲み、異性としての美に打ちのめされていたのは、教室で着替えるのを見てしまった木原美紀であった。
 彼女はクラス一背が高く、合気道をやっていたので、男児らがその体格をからかうことがあった。
 猿のような男児らは彼女に悪態をつき、ただ構ってもらいたいだけであった。
 彼らは彼女(に限らない女子児童)らを囃し立て、怒らせるようなことを言って逃げ回る。その男児の中心はヤンマーこと山野や、野球部の(稲草に命令された)子分らであった。
 下田も木原美紀を周囲の男児がするようにからかってみたいが、周囲の男子らのような真似が自然に出来なかった。合気道教室に通っている木原はちょっかいを出す男児らを合気術で組み伏せてしまうことがあった。
 均整が取れ、大人の女性ような体格の彼女に、男児たちはいわば列を成して構ってもらいたがった。彼女に技を掛けられたり、足で払われたり、手の平で思い切り叩かれる(それは合気道ではないのだろうが)男児たちはとても嬉しそうだった。
 子供らしく自然に彼女の悪口を言い、木原美紀からふざけ半分の暴力を振るわれ、楽しそうに逃げ、捕まり、組み伏せられ、殴られる男子児童が下田は心から羨ましかった。下田は気になる女子にちょっかいを出す、という行為が出来なかった。子供っぽいような気もしたし、彼女のことは本気で好きになってしまっていた。彼女への思いが強すぎて、平静を装うのが難しかった。

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