ロッキングオンに載ったバンド写真を誰かが暴露する /16

下田はこれまで止むに止まれず幾つかの企業で
働いていたことがある。
はじめて宮ノ下と会ったのは
そのなかの1つの映像配信会社である。

直接会う以前に(使用するPCはMACがいいかWINDOWSかなど)
メールでやりとりはしていた。

はたらきはじめる前に
シゴト内容について、顔合わせも兼ねて打合せがあった。

そこで会ったのが宮ノ下である。

これまのメール文から想像されるような
礼儀正しい人物で、
すこし気弱そうな、押しが弱そうな
照れているようなところがあり
下田はすぐに好感をもった。

少し自分の父親に似ているとも思った。

宮ノ下がテキスト資料について説明する際の、
文字を読む目や表情が
これまで下田が会った
「知的で、ひとが良すぎて、優しすぎる」たぐいの
人たちと同じだと思った。

そのミーティングの際(これまでよくあったことなので)
「宮ノ下氏は退職してしまうのだろうか」
という不安を下田は感じた。

前任者たちはやさしく、人の良すぎる方で
(下田は彼らと出会えたことが嬉しいのだが)
出会ってすぐに(彼らの退職)別れてしまうことが何度もあった。

(また、そうなのではないか)と下田はおそれた。
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その夜、会社の社長氏と3人で居酒屋に行くことになった。

社長氏は下田と宮ノ下に「これからなにをやりたいか」と質問した。
宮ノ下はそこで、照れくさそうに「文章を書くことと、あとは…キーボードですね」と言った。

(彼はやっぱり退職してしまうんだな)と、下田は思った。
そう思うと、なんだか先が思いやられた。
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カイシャは(いつものように)小企業で、もちろん下田もそれは承知していたが、「ヒンパンに人が出入りする(離職率が高い)」ということも
(いつものように)やはり、しばらくして分かってしまった。

しかし、周囲に音楽が好きなひとたちがいることは、下田の救いであった。

(後に知ったのだが)宮ノ下はバンドをやっていて「音楽好きに悪いやつはいない」という信条のもと、音楽好きな人たちを採用しまくったということだった。

宮ノ下と同じ大学出身者も多かった。彼は周囲の者に優しく、仕事も肩代わりすることがあったので、カイシャの中心人物として、信頼され、好かれていた。
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下田は何度か宮ノ下と会社の車で遠距離を2人で移動したことがある。

宮ノ下は「自分は音楽をやっていてバンド活動もしています」とは
自分からは決して言わなかった。

しかし下田があまりにしつこく音楽の話などをするので
宮ノ下も、遠距離ドライブのときなどは
いろいろ、話を合わせてくれた。
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宮ノ下バンドが雑誌「ロッキングオン」で紹介されたことがあるということは、宮ノ下が退職する日に(酔った誰かが「暴露」した)下田は初めて知った。
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下田も自分の話はするほうではなく、(沈黙が怖いので)人に質問をして、その場の話をすすめていくことが多かった。

車で長時間の移動中、下田は宮ノ下に様々な質問をした。
宮ノ下はブンガクにも造詣があり、下田の聞いたこともない作家について教えてくれた。

何時間話したであろうか。宮ノ下は運転が苦手とのことだったので
下田1人で運転したが、全く苦ではなかった。
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宮ノ下バンドの曲を聴かせてくださいよ、と(やや冗談で)下田は言ったことがある。

「うん、わかった」と宮ノ下は妙にまじめに言った。

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