写真の中の彼らは楽しそうに、はしゃいでいる / 芸術未満 -1

下田はキャンパスで野ウサギを見たことがある。

小雨の止んだ夕方、ショッピングモールのような、
疑似レンガ色の校舎(2号館やら3号館)をつなぐ
階段脇に、まっしろなうさぎが身動きせずに静止している。

「あれ、うさぎ」と下田は
階段を上がる友人に言った。

(動物がスキなはずの)彼女は
その小動物を見たはずなのに、何も言わず
笑顔で階段を登っていってしまった。

下田は虚を突かれたように、暫しその動物を見た。
ここには野生動物が出没しても意外ではないだろう。
日本昔ばなしのような幻想風景が大学内で身近に存在した。

薄暮などに大学の建つ山全体が霧に包まれると
西洋かぶれの建物群は不気味に静まり返り、
19世紀英国産の怪物(フランケンシュタイン、
ジャックザリッパー)が現れそうな気配もある。

(暗い霧による演出効果であるが、こうなると建築家の
勝利であった。)

下田は一人暮らしをしていたので、夕飯を学食で済ませることがあった。
学内のレストランはショッピングモール並みに充実していた。
1階にはハンバーグ専門店や寿司屋、アイスクリーム屋が並んでいる。
下田は2階の生協食堂で破格値のササミチーズフライばかりを食べた。
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イベントサークルという言葉を初めて聞いた。

「イベサーやねんけど、はいらへん?」

「どんなことをするんですか」

「そうやなあ、春はお花見したり、夏は海とか行って楽しんだり、
しょっちゅういろんなイベントとか、やってんねん。
めっちゃ楽しいヒトばっかりやで。
よかったら、ここに名前書いてくれへん?」

名前、学年、学部を記入する欄がある。

大学生たちは4月の陽光の中、ピンクや黄色の花々に囲まれ
茹だるように浮き足立っている。

いべんとさーくるの活動写真が収められているアルバムは
ただの内輪向け記念写真(L版サイズにグループ写真が定番)なので
数枚で見る気が失せた。
説明を受けた手前、そのまま帰るのも忍びなく、下田は名簿に記入した。

「あ、下田君は美芸なんや(美学及び芸術学専攻を、そう略していた)
 わが道を行っとるんやなあ。ええなあ」

と言ったイベントサークルの女子学生、
下田は(本気なのか、どうか)彼女の目を見た。

ベンチに腰かけ、新入生歓迎のうちわらしきものをぶらぶらさせ
惚けたような顔で、しかし瞬間、寂しげな目をしたので
下田は、彼女が本音を言ったのだと思った。

「もう、うち3回生や。なにやりたいんか、まだわからへん…
やりたいことないのかもしれん」

上級生の彼女に下田は何を言ってよいものやら言葉がない。

イベントサークルの紹介パネルには大判の(切り抜かれた)写真が
イラストと共に飾られていた。
彼ら彼女らは(潮干狩り、テニス、ピクニック、居酒屋)
笑顔でたのしそうにはしゃいでいる。





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