3Dモデリングは美人秘書の部分が綿密に作り込まれている /13

下田はシゴトの必要から撮影スタジオに
出向かねばならないことがあった。

と言っても別に大層なことではなく、ただ
撮影場所に行き、あいさつをして
その場を見守っているだけである。

映像制作のため、長時間
スタジオに籠る必要もあった。
制作するものは企業の新人研修用などの
映像教材が多かった。

そのような映像制作を行っているなかで
下田は川嶋と知り合ったのである。

よく大声でわらう人だな、というのが
下田が川嶋に抱いた第一印象であった。

下田は転職ばかりし続けていた。離職率が異常に高いカイシャに所属しては退職するということを繰り返していた。

下田が広報担当として所属したカイシャの
商品販促ビデオ制作を、以前から請け負っていたのが
川嶋たちだった。

下田は前任者(たち)が激務で精神を病み、退職したということを
後に知らされた。

前任者が残した引き継ぎ業務の中に
その「プロモーションビデオ制作」が含まれていた。
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川嶋とのシゴトは創意工夫を凝らすこともできなくはなかったので
おもしろいと思うことも、ときにはあった。

しばらくシゴトをしていくと、かれの本音も聞くことができ
ガハハと嗤う痛快男っぷりに、スポーツマンらしい気っ風の良さも感じた。川嶋は大学時代、アメフトをやっていた。
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下田は企業から映像制作の依頼を受け
自分の手に負えないときなど
それぞれの趣向にあった映像制作会社に協力を依頼した。

制作会社にも、いろいろあった。
個人事業主で風来坊風の自由派(おそらく公園で寝泊まりしていても
不思議がられないような風貌)もいたし
大学サークルのような、仲が良さそうな少人数のチームで
行動する者らもいた。

彼ら映像職人たちと下田は妙にウマが合った。
彼らの制作物に対するこだわりが、下田には好感がもてるのだ。

一度、大学サークル風の彼ら(の1人)が
資料用の絵コンテを3Dソフトでモデリングして作ってきたことがある。

「これ、わざわざ作った… んですか?」と下田が聞くと
「はい、シャチョウがそういうの得意なんで!」とハキハキと(電話の向こうで)答える。
「これは、まあ、なんというか… すごいですね」

彼らが作った絵コンテ資料は、情報セキュリティの啓蒙映像の
コンペ用に作成された。公的機関が公募するものであり、国内有数の広告代理店なども参加しているようだった。

3D絵コンテはシナリオ設定も中々にユーモラスで
(ウィルスメールを性懲りもなく何度も開封してしまうダメ社員と
PC知識が皆無の老社長が、入社したての美人秘書にPCレッスンを立て続けに受講させられる、といった内容)
下田は、資料を見ながら面白く、笑ってしまったが
これで大手代理店と勝負、である。

美人秘書の3Dモデリングだけ、やけにリアルなのが気になるが、まあOKだろう。

もし受注したら3Dアニメなど必要ない(「役者で撮影」と仕様書に書いてある)がそれは制作会社のシャチョウ氏も、承知の上(好きで3Dで作っただけ)だろう。
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1月の寒い日に行われた、下田たちのIPA(情報処理推進機構)でのプレゼンは、プロジェクターを使用することもなく、口頭での説明のみで短時間で終わった。

下田と制作会社の竹内(彼はいつも室内でも山高帽をかぶっている)は
終了後、近くの喫茶店(ドトール)でひと息つくことにした。

狭い店内で、これからIPAでのプレゼンに向かうらしい
大人数の一群を見た。
有名代理店のチームらしい。

それをみた下田と竹内は、お互い目が合ったとき、なぜか不意に笑ってしまった。

最高装備で出撃するぞ、という意欲に充ちた
活気ある軍団のようなのである。
スーツで決めた男女の兵士たちはとても士気が高そうである。
エネルギーがあり、8人ほどの彼らはいまにもバクハツするのではないかと
気合いが感じられる。

下田と竹内は、プレゼンのことにはあまりふれず(まあ、わるくはなかったかな、と)趣味の話(竹内はサバイバルゲームが好きらしい)をした。

重厚装備の一軍が出撃してしまうと、コーヒー屋は急に空虚な感じがした。
外にある噴水が寒そうで、無人の水路に日が射している。

彼らは、目をあわせずしばらく黙っていた。


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