見出し画像

5.考察 5-3.岐阜県旧川上貞奴別荘(萬松園)について

岐阜県の近代和風建築総合報告書によると、萬松園の室内装飾織物については広間のみの記載でしたが、実地調査をしてみると、10部屋13箇所に18種類の織物が使用されていました。川上貞奴はいったいどんな意図で各部屋の織物を選んだのだろう???
考察はワクワクが止まらない作業でした・・・。

5-3.岐阜県旧川上貞奴別荘(萬松園)について
実地調査および文献調査をもとに考察する。

5-3-1.各部屋の室内装飾織物の違いについて
各部屋は、用途が公的か私的か、また、使用者が主人か使用人かという、その空間の特性に合わせて異なる意匠になっている。その意匠に合わせて室内装飾織物を選定して使用していると考えられる。各部屋の用途・使用者・室内装飾織物は表10の通りである。

表10_旧川上家貞奴別邸(萬勝園)_部屋用途・使用者・室内装飾織物一覧

広間(桐の間)の用途は公的、使用者は主人である。床・付書院・火灯窓・障壁画があり、最も格式の高い部屋である。この部屋には3箇所に3種類の織物が使われている。床の間横地袋の小襖には、印金が貼られている。紫地一重蔓牡丹唐草模様で材質は絹である。床の間奥の柱横に沿うようには金襴が張られている。紺地雲模様で材質は絹である。木製の廻縁と天井の間には帯状に緞子が張られている。紺地小花模様で材質は絹である。使用している織物はいずれも、印金、金襴、緞子で、濃い地色の伝統ある模様で格式高い。室内意匠と共に、織物で部屋の格式の高さを表現していると考える。
書斎(藤袴の間)の用途は私的、使用者は主人である。琉球畳・網代天井・欄間組子・墨跡窓・違棚があり、趣味性の高い部屋である。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。天袋の小襖に貼られている、白地藤袴模様で材質は絹である。使用している織物は主人の趣味嗜好を反映していると考える。室内意匠と共に、織物で部屋の趣味性を表現していると考える。
仏間(御法の間)の用途は私的、使用者は主人である。黒漆塗に輪宝象嵌の仏壇、天井鏡板に如竹筆の天女があり、仏教への帰依が現れている部屋である。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。地袋の小襖に銀襴で加飾した緞子が貼られている。白地青海波向鶴模様で材質は絹である。使用している織物は表装に使われるような銀襴で模様は重厚感のある有職文様である。室内意匠と共に、織物で仏教への深い帰依を表現していると考える。
六畳(円窓・船底天井の間)の用途は私的、使用者は主人である。杉戸の上半分に青々とした菩提樹の枝と白い鳩がある。天井は砂摺板の船底天井、窓は円窓と節のある竹の障子を組み合わせており、数奇屋風の部屋である。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。地袋の小襖に貼られている。蘇芳色地縞模様で材質は木綿である。室内意匠と共に、織物で数奇屋風を表現していると考える。
客間(ガラス障子の間)の用途は私的、使用者は主人である。客間はサンルームと一体化した和室で装飾は控え目である。客間には1箇所に1種類の織物が使われている。天袋の小襖の取手周囲に貼られている。赤、青、淡黄色、深緑地格子模様で材質は木綿である。織物は小襖の取手周囲だけに限定して使い控え目な扱いである。
田舎家(藁葺きの洋間) の用途は公的・私的、使用者は主人である。田舎家は入母屋造り茅葺きで、化粧屋根裏・大黒柱・床は板敷きで一部畳敷きである。この部屋には1箇所に織物が使われている。天袋の小襖に8種類の地色・模様の異なる裂を亀甲模様に寄裂したもので材質は縮緬である。左側は8種類41ピースの亀甲で構成される。右側は7種類41ピースの亀甲から構成される。左右の7種類は共通で、紫飛び鹿子文絞染・白地草花文型染・薄浅黄地麻の葉文絞染・紺地霞に紅葉文型染・薄黄色地破れ菱に蝶文型染・茶色地並び竹に雀文型染・紫地小花文型染である。左側には右側に無い紫地麻の葉文絞染の1種類が加わり8種類となっている。全体にほつれや破れ、褪色があり古びた印象で、特に紫飛び鹿子文絞染と薄黄色地破れ菱に蝶文型染は破れが大きい。この部屋だけは寄裂を使用している。室内意匠と共に裂に対する深い思いを表現していると考える。
茶室(洋間に対峙する茶室)の用途は私的、使用者は主人である。茶室は、錆浅葱色の壁、こぶしの落とし掛、網代の掛込天井、ナグリ目の柱、皮付き丸太の柱等がある数奇屋風の部屋である。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。地袋の小襖に紬が貼られている。薄茶地紬織物で材質は絹である。室内意匠と共に織物で数奇屋風を表現していると考える。
配膳室(ダイニングルーム)は用途は私的、使用者は使用人である。配膳室には1箇所に1種類の織物が使われている。造り付けの食器棚の引き戸に絞り染めが貼られている。紅色地丸文絞染で材質は木綿である。小さな空間であっても織物から室内意匠へのこだわりが感じられる。
応接室(北・控えの間)の用途は私的、使用者は使用人である。ほとんど装飾はない。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。地袋の小襖に貼られている。青地格子縞織物で材質は木綿である。使用人が使用する空間であっても織物から室内意匠へのこだわりが感じられる。
執事室(南・控えの間) の用途は私的、使用者は使用人である。ほとんど装飾はない。この部屋には1箇所に1種類の織物が使われている。天袋の小襖に藍染が張られている。藍地菊唐草亀甲に菊文型染で材質は木綿である。応接室同様に使用人が使用する空間であっても織物から室内意匠へのこだわりが感じられる。
以上、部屋別の用途・使用者・室内装飾について述べた。部屋ごとに使用されている室内装飾織物が異なるのは、用途・使用者により部屋の意匠と共に織物でその部屋の特性を表現しているからと考える。また、小さな空間やほとんど装飾の無い部屋であっても、強いこだわりを持って織物を選んでいることが伺われる。

5-3-2.田舎家の天袋小襖の寄裂について
田舎家の天袋小襖だけに寄裂が使用されている。8種類の地色・模様の異なる裂を亀甲模様に寄裂したもので材質は縮緬である。紫飛び鹿子文絞染・白地草花文型染・薄浅黄地麻の葉文絞染・紺地霞に紅葉文型染・薄黄色地破れ菱に蝶文型染・茶色地並び竹に雀文型染・紫地小花文型染である。左側には右側に無い紫地麻の葉文絞染の1種類が加わり8種類となっている。
佐治は、「寄裂仕立ての染織品を見ていると、その行為が単に物理的な大きさの創出のためだけに行われている訳ではないことに気づく」と述べている(福島県立美術館、2006、9)。また、「破れや穴を隠すための繕いの技術として発達した継ぎや接ぎだが、人は貧しさの表れとして恥じるだけではなく、うまく隠し、きれいに見せるための気遣いと工夫も同時に身につけた」という(福島県立美術館、2006、55)。
『ハギレの日本文化誌 〜時空をつなぐ布の力〜』図録の中に亀甲模様に寄裂した下着がある。江戸後期〜明治前期のものである(挿図2)。「16種類の絹地を大きな亀甲状に継ぎ合わせた下着。あまりボリュームが出ないように、薄地の裂を組み合わせてある」とある(同、72)。
 田舎家の小襖の寄裂と挿図2の寄裂下着とは、亀甲模様に継ぎ合わせていることと、どちらも材質が絹であり、飛び鹿子文様や竹・菱をモチーフとした文様等に共通点があり、似ていると考える。

挿図2_寄裂下着(転載 福島県立美術館,2006,72)

田舎家の天袋小襖だけにある寄裂は、全体にほつれや破れ、褪色があり古びた印象で、特に紫飛び鹿子文絞染と薄黄色地破れ菱に蝶文型染は破れが大きいことから、小襖に貼り付けるために作られたものではなく、他の用途のために作られたものを川上貞奴が使用していた、または入手して、小襖用に転用したのではないかと考える。川上貞奴は、物理的な大きさの創出や貧しさの表れだけではない、寄裂がもつ個性的な存在感を十分に理解していたのではないかと考える。田舎家の意匠を個性的な空間にするための室内装飾織の重要な構成要素として使われていると考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?