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第27話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

ぼやけた声に聞き耳を立てながら、鏡張りのパーテーションを見つめた。縦三メートル、横二メートルのパーテーション。長さはそれぐらいだろう。

数時間前、休憩したラブホテルの部屋を思い出させた。鏡張りのパーテーションがそんな風に思わせる。ラブホテルの名前はなんだったけ?思い出そうと考えたが、一向に名前は出てこなかった。

恐らく僕の中で、どうでも良かったのだろう。記憶なんて当てにならない。


潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く。当てならないから浮かんだ言葉だった。千夏先生が教えてくれた言葉である。その言葉に何の意味があるのか謎だったけど、少し前に見た光景から今の光景に対しては、あまり深く考えようとしなかった。

まったくもって、理解しようにも難解だったからだ。


鏡張りのパーテーションだって普通に考えたら、不可思議な絵になる。それでも僕たちは、見たままを感じるしかなかった。これが大人の成人式だと過程しての話しだけど。

数十枚のパーテーションは円を描いて並んでいた。僕らは向こう側を覗こうと手で合図をして、僕が右手へと回り込んだ。桃香は左手からパーテーションに沿って回り込んだ。

この行動を最後に、僕と桃香が二度と再び会うことはなかった。正確には大人の成人式へ参加している間という意味だけど。


右手からパーテーションに沿って歩いたら、反対から桃香が歩いて来る。そう思っていたので、不思議なことが起きているのに気づかなかった。

それは、あまりにも突然の出来事だった。僕はその事実を理解するのに少し時間が掛かった。

三周目になったとき、鉢合わせする筈の桃香が現れないと気づいたからだ。僕は立ち止まって、後ろを振り返って前方を何度も確認した。この不可思議な出来事に不安な気持ちで立ち尽くした。

この現象でルールの意味を理解した。参加者は他人と一切話さない。これはある意味で話せないってことなんだ。話す相手も居なくなり、残された僕は宛てのない道を歩く。


こうなったら、やるべきことは決まっている。鏡張りのパーテーションに囲まれた向こう側を覗くしかない。再びパーテーションに沿って歩き始めた。

どこかに向こう側を覗けるようなポイントがないだろうか?僕はチビクロサンボに出てくる虎みたいにぐるぐる回った。左手をパーテーションに添えながら、ゆっくりゆっくりと歩く。

鏡に映る僕と僕が指先を繋ぐ。しばらく、その光景が続いたあと、僕は遂に見知らぬ女の子と出会うのだった。

真夜中に行われる大人の成人式。この不可思議な成人式は、まだまだこれからと鏡の中の僕が囁いたーーーー

一枚一枚並んだパーテーションに隙間という隙間は無かった。存在しない繋ぎ目と言うべきか、私はその場で中腰になって隅々まで調べた。

それでも隙間は存在しないし、さっき聞こえた意味不明の声も消えた。


『久しぶりだね、僕……』どういう意味で呟いたのだろう。誰かに言っているみたいだ。しかも、僕という言葉で男の子だとわかる。でも、さっきの二人とは違うような気がした。

大人の成人式のルールは、旧大人たちに見つかってはいけない。


私は仕方なくパーテーションの回りをぐるぐると歩き始めた。謎の声は聞こえなくなったけど、あの甘い匂いは漂っている。

これもまた不思議な出来事だった。私は上から覗こうと考えたが、パーテーションの高さは、私の身長を余裕で越えていた。

もちろん押してみたが、床にがっちり固定されているのかビクともしなかった。これでは埒が明かない。一体、どうすれば良いのだろうーーーー

丸みのあるパーテーションのカーブを曲がり切ったあと、僕の目の前に見知らぬ女の子がしゃがんでいた。鏡張りのパーテーションを背中にして、足を折りたたむように座っている。

思わず声が出そうだったけど、僕の姿に気づいた女の子が天使みたいな微笑みをしたので、僕は言葉を失った。不安な気持ちを安らぐような微笑み。

彼女も僕と同じように、大人の成人式へ参加しに来たのか。淡い水色の大きめなリボンで、艶のある髪の毛をポニーテールにしていた。

ベージュのブラウスに紺のスカートを履いて、膝の上には白いコートを乗せていた。ここはルールに従って話さない方が良いのだろうか?僕は悩みながら、見知らぬ女の子の行動を待った。


しばらく沈黙が続いたあと、僕は桃香のことを考えた。桃香とはぐれてから数分は経過している。桃香のことが心配だったし、僕と同じように他の参加者と会ったかもしれないと思ったからだ。


きっと、桃香のことだから勘を働かせて、僕と会う方法を考えているかもしれない。とにかく桃香は勘が良かったし、それに関しては特別優れていた。

人の気持ちを空気として読むことができる。だから、桃香は僕の気持ちを読み取ってくれるのだ。


『そうね、あの子は特別感性が優れているわ』


驚いた!!突然話しかけてくるなんて想像してなかったからだ。


見知らぬ女の子はポニーテールを揺らすように立ち上がると、ルールを無視して声を出した。しかも、僕の心の中を聞いていたような発言。彼女は鏡越しの僕へ話しかけては微笑んだ。


『省吾くん、大人の成人式へようこそ』


僕の名前を呼んだ彼女。彼女が何者か知らないけど、何か特別な糸で繋がっていると思った。


第28話につづく

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