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第41話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

吉祥寺駅から五反田までの道のりを、彼女は常に笑顔で話していた。それは彼女が慣れてきた証拠である。それとも僕に対して警戒心ゼロで、ただ単に話しやすい異性として思っているかもしれない。

僕たちは五反田までの道のり、色々な話を交わした。彼女の出身が東京で短大を今年卒業するとか、専攻は意味もなく文科系を選んでしまったとか、卒論は何を書けば良いのか悩んでいるとか。

僕の知らなかった彼女が、薄化粧から厚化粧へと変わった。


そうそう、薄化粧から厚化粧へ変わったと言えば、朋美は厚化粧から薄化粧に変化していた。いつも青のアイシャドウできめていた朋美。さっき会ったとき、朋美はナチュラルメイクへ変貌していた。

思い当たる節はあった。一昨日の夜、朋美のアパートに止まったときーーーー


「雛形さん、スッピンの方が可愛いですね。これからは、ナチュラルメイクにしたらどうですか?」なんてことを言ってしまったのだ。


そのとき、朋美は照れ隠しで笑って誤魔化していたけど、内心まんざらでもない表情をしていた。


「そう、海野くんは自然な感じが好きなの」と彼女が訊ねる。


「さっき、気づかなかった。雛形さんのメイクが変わってたの」


「言われてみればそうかも。あんまり意識して見てなかったからね」と僕は軽い嘘をついた。


自然な会話を交わしては笑い合う。僕のこれまでの人生を考えると、こんなにも充実感ある時間は初めてだった。

大人の成人式のルールを破った者は、大人の災いが訪れると言ってたけど、僕は心の中で信じていなかった。


五反田に着くと、彼女はお勧めの店へ連れて行くと話していた。ところが繁華街とは逆に歩き、どっちかと言うと住宅街へ向かうのだった。しばらく歩いたあと、彼女は一棟の五階建てのマンションへ入って行った。

普通のマンションに見えたが、もしかしたら、隠れ家的な店なのかもしれない。もうすぐ着きますからと、彼女は言う。僕と彼女はエレベーターに乗り込んで三階へ上がった。


「ここがお薦めのお店よ」と三階の角部屋を指差した。


扉に看板があるわけでもなく、僕の目に映ったのは北城という名の表札だった。


これって、もしかして……


305号室の部屋に入ると、僕はすぐに気がついた。ここは店でもなく、彼女が一人暮らしするマンションの部屋だった。1LDKで清楚な雰囲気が漂う。

清潔感ある部屋に、澄んだ空気が流れていた。一人用のベッドは真っ白なシーツで、シワひとつなく整えられていた。淡い水色のカーテンにボックスが積み木みたいに置かれている。

本棚には学校教材やファッション雑誌などが並んでいた。一人用のソファは丸みの帯びたトマトっぽいデザインだった。全体的に女の子女の子した部屋をしている。

朋美の部屋とは大違いである。僕が部屋を眺めていると、彼女は淡い水色のカーテンを閉めて、僕に向かって説明した。


「もうわかっていると思うけど、実はこの部屋、私の部屋でした。びっくりした?店でも良かったんだけどさ。ちょっと考えがあってね」と彼女は僕をキッチンの方へ呼んだ。


冷蔵庫を開けて、中から材料を取り出して並べる。キャベツに玉子や豚肉。そして、粉に鰹節や紅生姜のみじん切りなど……


「これって、お好み焼き?」と僕が訊ねた。「実は今夜、一人でお好み焼きにしようと思ってたの。でも、材料を買いすぎて、どう考えても一人では食べきれないのよ。それに一人で焼いても寂しいでしょう」


なるほどーーーーと納得はしたが、まだ出会って三日目なのに、一人暮らしの部屋に男を招いたのは驚いた。まさか、意外に遊んでいる?なんて深読みをしたが、彼女に至っては絶対に違うと知っていた。

あの夜、大人の成人式へ参加したもう一人の女の子は北城美鈴に間違いなかった。それに、彼女はルールを守って参加している。だったら、彼女は処女と決まっている。


僕はこれからどんな気持ちで話すのだろうか。あの、不思議な大人の成人式を体験した僕たち。何を伝えて何を知るのだろう。

そんな僕の思いも知らず、彼女はせっせと夕飯の用意をするのだった。


第42話につづく

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