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第28話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

会話をしても良いのだろうか?今さらルールを破っておいてそれはないだろう。それが僕の本音だった。だから、見知らぬポニーテールの女の子に向かって僕は言葉を返した。

鏡越しに映る彼女へ声を掛ける。誰かも知らない女の子。鏡越しに声を掛けた理由は単純である。ポニーテールの女の子も、僕に向かって鏡越しに声を掛けてきたからだ。それが礼儀かなと思ったから。


「君も大人の成人式の参加者?」直球で僕は彼女へ訊ねた。


『あなたと同じ理由で参加してるの。だけど、私はルールなんて関係ないから話しても平気なの。あなた、大人の成人式のルールを破ってるわよね。でも、仕方がないと思うわ。だって知らなかったんだから』


知らなかった?どういう意味で言っているんだ。ポニーテールの女の子は、僕と桃香が経験したことを言っているのか?

それとも違う意味合いがあるのか気になった。もしかしたら、ラブホテルに入るところを見られた可能性が高い。

この瞬間、僕は彼女に対して経過心の目で見つめた。


もちろん鏡越しだけど……


『それは違うわよ。あの子みたいに覗きなんて趣味じゃないわ。なんで私が他人のセックスに興味があるわけ。しかも、二人して初経験でしょう。子供みたいに、じゃれ合うセックスなんて笑っちゃうわ。まあ、初めてなんだから仕方がないと思うけど。でも、省吾くんと、桃香ちゃんがセックスするなんて驚いたわ』と少し棘のある言い方をする彼女。

僕は驚きと言うより寒気がした。傷とは言えない擦り傷を、徐々に引っ掻くような痛さある言い方。

向こうは僕らを知っているのに、僕は彼女のことを知らない。これほど恐ろしいことはなかった。

割合的に不公平である。こんなことは許されることじゃない。少しでも天使みたいな微笑みと思った自分が悔しかった。


彼女は相変わらず鏡越しから微笑んでいたけど、僕には不敵な笑みとしか思えなかった。でも、もしかしたら、いや、可能性としては低いけど、まさか彼女は桃香と知り合いで、知らないのは僕だけかもしれない。

ありとあらゆる考えを浮かべては、僕の中で予想をしてみた。だけど、一番恐ろしいのは、彼女が僕の心を読み取ることだった。


大人の成人式とは、もしかしたら参加すること自体が大人の災いかもしれない。


見知らぬポニーテールの女の子、彼女の言葉には疑問点が多すぎる。ルールを知らなかった。あの子みたいな覗きなんて趣味じゃない。

一つ一つ読み解くしか方法がない。だったら、答えを知るには直接聞けばいい。僕の心を読んでることは後回しにして。


『後回しで良いの?ホントは一番気になってるくせに』と不敵な笑みを浮かべて彼女は言った。


また、僕の心を読んでる。これでは僕の思考なんか通用しない。考えても考えるだけ無駄……


「君の名前を教えてくれる。それにルールは知ってるつもりだよ。僕たちは知ってて破ったんだ。それを今さらルールを知らないは意味がわからない。あの子って誰のことを言ってるの?」と少しイラッとしてたので、僕は一気に疑問を鏡越しの彼女へ訊ねた。


『名前なんて重要かしら。そこは大した問題じゃないわ。覗きが趣味の女の子は北城美鈴って子よ。でも、省吾くんは知らないでしょう。会ったこともない。今は関係ないことなのよ。ルールを破っているから関係ないかもしれないけど、私が言いたいのは少し違うの。意味合いがね……』


彼女の返答に対して、僕は何も言い返さずに黙った。彼女の前だと僕の思考は読まれるからだ。だったら、喋らせるだけ喋ってもらおうーーーーと思いながらも、この瞬間にも、僕の思考は読まれているのだろう。


全くもって無意味である。


『理解が早いわね。そうよ、私は省吾くんの気持ちが読み取れる。特別感性が優れているの。桃香ちゃんも同じ。でも、彼女より私の方がもっと優れているわ。桃香ちゃんはまだ何となくじゃないかしら。話しを戻しましょう。二人がルールを破る前、君たちはすでにルールを破っていたのよ』


破ってた!?


何も特別なことはしていない。僕たちはキスからオーラルまで経験した。それがやっぱりいけなかったのか?


『違うわよ。だかだかオーラルでしょう。そんなのルール違反に含まれないわ。問題は、そのあとの行動にあったのよ。つまり、隠しルールが存在していた。それが二人のルール違反だったの。大人の成人式に参加する者は、一度会場へ入館したら、建物から出ることは禁ずる。それが隠しルールだったの。だから、私が言った意味はわかるわよね』


「そんなルールがあるなんて知らなかった。そっか、それが僕たちのルール違反なんだ。建物から出た時点でアウトだったんだね」


だったら何故、千夏先生はそんな大事なことを教えなかったのだろうか。なんだか騙された気分になった。でも、ひょっとしたら千夏先生が隠しルールを知らなかった可能性もあった。


だが、その考えはすぐに訂正した。きっと、知らなかったとは言え、あとで知ることも予想出来たからだ。僕の予想は、恐らく千夏先生は隠しルールの存在を知っていたけど言わなかった。


その理由はわからないけど……


北城美鈴という女の子は、隠しルールを知っているのか?そんなことを思いながら、僕は鏡越しの彼女を見つめていた。


第29話につづく

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