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第11話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

兄が大人の成人式に参加したあと、なんとなく雰囲気が変わった。見た目の変化とは違う。内面的なことを言っているのだ。温厚で優しかった兄は、少し僅かだが感情を練り殺すようになっていた。


果たして、感情を練り殺すという表現が合っているかはわからない。なんとなく感じたことを言葉にして表すと、そんな表現がぴったりだろう。

練り殺した感情は必ずしも変化する。兄の変化は内面的な変化であり、決して見た目の変化ではない。人は苦しみがあるとき、誰かにその痛みを分け与えるように塗りたくる。悪気があると言えば、そこには狂った塊が存在している。

兄は大人の成人式へ参加した翌朝、私を部屋に呼んで忠告してくれた。


「ルールは守ってこそルールなんだ。お前が二十歳になったとき、大人の成人式へ参加するならルールを守れ。わかったか!!」と兄は大人時代を醸し出すように言ってくれた。


「わかってる」


「えっ、なんか言った?」と私の呟きに守屋悟が訊き返す。


「ごめん、あなたの相手をしてる場合じゃないの」私はそう言って、一度も振り返らずにその場から立ち去った。


きっと、変な女だと思われているかもしれない。そんなことは、今の私にはどうでも良かった。私の目的は、今日の成人式じゃない。数時間後の大人の成人式が目的である。

余計な考えや思考というのは邪魔なだけ。私は穢れのないまま、そのときを迎えるの。


新成人たちを横目に、私は早足でその空間から離れた。同じ空気を吸うことでさえ穢れるような気がした。

私はあなた達と違うのよ!!

しかし、今になってこんなに早く会場へ来たことに後悔はしていた。あと、何時間過ごせば良いのだろうか?

腕時計を持っていない私は、携帯電話で確認をした。時刻は午前十一時を過ぎていた。午後零時まで時間はたっぷりある。溜息混じりの息を吐いて、私は二階へ続く階段を見上げた。


陰影のある階段が瞳に映った瞬間、私は自然な足どりで、階段へ向かって歩き出した。息を整えて、陰影のある階段へ近づく。足音は無音だったけど、鼓動だけは胸を激しく響かせていた。


そして、階段へ一歩踏み出したとき、二階へ続く曲がり角から一人の女性が姿を見せた。粉雪は冷たい空気を凍らせるように降っていた。吐く息は白くないが、私の呼吸は冷たい冷気を帯びている。後ろからあの男の気配を感じた。

予想以上にしつこい男である。

二階から下りて来た女性に、私は軽く会釈をして逃げるように通り過ぎた。晴れ着姿の女性に、私はどこか不思議な感覚を感じた。一階で集まる新成人たちと雰囲気が違う。足音を後ろへ置いてきぼりにして、早足で二階へと上がる。


フロアーに誰一人としていなかった。静寂な雰囲気が漂う感覚に、虚しさの空虚に拍車をかける。私は前方に置かれたソファーへ腰を下ろすと、お尻に人の温もりを感じた。

もしかして、さっきすれ違った女性が座っていたかもしれない。


あの女(ひと)、ここで何をしていたんだろう。


第12話につづく

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