第9話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」
何人目かのスピーチが終わったとき、私は列を離れてひと気が少ない所へ移動した。すぐ後ろから、悟って男が距離を保ちながらついて来る。私の何が気に入ったのか理解し難い。
「ねぇ、北城さん。なんで振り袖じゃないの?女の子って、成人式に振り袖を着たいものなんじゃないの?」
じゃないのと二回も言う男に、私は振り返って溜め息混じりに関係ないでしょうと、さっきと同じ口調で返した。普通の男なら気付くだろう。うっとおしいから、私に関わらないで欲しいという合図だ。
スリムなジーパンに黒いダウンジャケット。確かに成人式へ来るにはラフなスタイルかもしれない。だけど、成人式は振り袖で参加するという法律もない。何を着てこようが自由である。
本来、私は派手な格好を好まない。どちらかと言うと、機能性を重視していた。振り袖みたいに色鮮やかな格好は恥ずかしくて着れたものではない。
別に、振り袖を否定してる訳ではないけど。
「ねぇ、退屈な話しばっかりじゃん。ちょっと向こうで話そうよ。俺さ、君みたいな子、タイプなんだよね」と悟は、爬虫類のような目で私を見て言った。
ずいぶんストレートに言う男である。近年、草食男子が増えていると言われるが、この男に関しては肉食男子全快である。パッと見、顔は悪くない男だし、成人式の出会いをきっかけに、一夜を共にする女子だったら、間違いなくついて行くだろう。
だったら、私も……
「結構です。あなたと話すことは無いと思うけど」
「思うけどってことは、可能性はなきにしもあらずじゃない。そんな顔しないでさ、少しぐらい付き合ってよ」と悟は強気で言う。
もちろん、私はそこらの軽い女とは違う。それにしても、この男はなかなか心臓の強い男だ。って言うか、何も考えていないのか?もしかしたら、頭の線が一本切れているのかもしれない。
「ねぇ、北城さん。良いでしょう。俺さ、見た目と違って結構真面目なんだぜ」
何故、根拠のないことを自信持って言うんだ。この男は、今まで挫折感を味わったことがないのだろうか?今まで男の人とあまり縁がなかったので、少しだけ妙な嬉しさがあった。
それでも私は相手をしないと、心の中で誓っていた。変な直感が働いて、この男と関わっていけないと思ったからだ。何故なら、私はこのあと大事なイベントが待っている。
大人の成人式はルールが存在している。きっと、この男はそのルールに当てはまらない。絶対と断言しても言いだろう。
大人の成人式のルールは三つ。
一つ目のルール。大人の成人式へ参加したければ、必ず旧大人たちに見つかってはいけない。旧大人たちとは、大人の成人式に参加しているOB連中のことである。
そして、二つ目のルール。声を出して他の参加者と話してはいけない。これが二つ目の決まりごとであった。
「悪いけど、あなたはルールに反してそうだから。また今度、どこかで会ったら話しましょう」
私が何を言っているのか、悟はわからないだろう。変なことを言う女だと思ったかもしれない。
だけど、三つ目のルールに悟は当てはまらない。それは確実で悲しいことかもしれない。私の他に、誰が大人の成人式の存在を知っているのか?そこは気になるところでもあった。
そして、三つ目のルールは大人の成人式へ参加する資格でもあった。
私はこの日が来るのをずっと待ちわびていた。だから、私は三つ目のルールを頭に刻んでいた。
しんしんと降る粉雪は、いつの間にか世界を真っ白にした。
第10話につづく
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