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第58話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

この場面はいらないだろうと編集者がカットするように、僕らの場面は編集された。それでも編集される前の場面は鮮明に覚えていた。僕が桃香のセーターを巻くしあげて、胸にオーラルしてるとき、僕はサイズの違いに気づいた。

桃香の胸の大きさが、実際よりも小さく思えたのだ。あんなに小さかったかな?冷静に見てるから思ったのか、何しろ不思議な世界で見た、桃香の胸のサイズは小さかった。

だから、僕はこの場面を見ても欲情しなかったし、鮮明に覚えていると言ったのだ。それから場面は編集者によってカットされた。瞬きをしては場面が移り変わる。早送りの映像が目の前で流れた。


場面が、あるポイントで再び再生される。あの奇妙で異質な場面だった。円形に並べられた鏡のパーティション。こうして見ると、やっぱり不思議で奇妙な世界だった。

だけど、あのときと、少しだけ場面は違っていた。


誰もいない。


僕と桃香の姿もなかったし、あの奇妙な特徴のない声も聞こえない。大人たちの姿も見えない。僕は鏡に向かってゆっくりと近寄った。誰かいないのかと神経を張りながら……


鏡に手をかざしたとき、僕はこの鏡が硝子かと思った。世界の常識を考えれば、手のひらを近づけたら鏡に映る自分と手のひらと重なる。ニュートンが引力を発見したように、当たり前の常識でもあった。

そんな当たり前の常識を覆す現象が起きたのだーーーー鏡に映るはずの自分が、鏡の向こう側に映っていない。

古来から吸血鬼は鏡に姿が映らないという。小説の中では、その様な記述が描かれていた。鏡に鼻先が触れる距離まで近寄って覗いた。鏡に映る自分を探そうと。


不思議だったのは、後ろの背景は鏡に映っている。だけど、僕だけが存在していない。鏡に僕の姿は映らない。それでも、何度も僕は鏡の前でしゃがんでみたり、手を振ったりしてみた。

もしも、ニュートンがこんな現象を見たら、奇跡の直感で解決してくれるだろう。僕は僕なりに考えた。名前を覚えていないラブホテルから、この不思議な世界へ踏み込んだ。

そこで思ったのは、ラブホテルの鏡に存在していた僕が、何らかの現象で不思議な世界へ入り込んだと。

つまり、僕は僕でラブホテルの部屋に存在している。だけど、鏡の僕はラブホテルの鏡でしか見えない存在なんだと……


大人の成人式で見た、姿の見えない大人たち。もしかしたら、彼らも鏡の世界から踏み込んだ住人かもしれない。だけど、それは僕の推測であって、真実はわからないような気がした。


とにかく現時点で、不思議な世界なんだから、こんな風に鏡へ映らないことも何ら不思議ではなかった。


僕は自分の姿を諦めて、円形に並べられた鏡の周りを歩き始めた。辺りは静寂な時間が流れている。誰の気配も感じない。ひたすら鏡に沿って周りを歩くのだったーーーー


突然、空気の切れ目を肌に感じた。


見えない線を飛び越えたような気がした。それは、僕が感じたことで、実際は何も変わらない。鏡に僕は映らないし、静寂な雰囲気は相変わらず漂っていた。

だから、目の前に美鈴が現れたとき、僕は思わず声を出してしまった。目の前に裸で寝転ぶ美鈴の姿が!?

僕の彼女、北城美鈴が仰向けで寝ていたのだった。


僕の声は聞こえても、やっぱり姿は見えないのか?近寄って肩を抱きかかえても、美鈴は僕の声のする方を見て、口をパクパクするだけだった。

僕は僕で、美鈴の姿は見えているが、反対に美鈴の声を聞き取ることはできなかった。それなのに、僕はこんな状況で何を思ったか、美鈴の唇へそっとキスを重ねた。

あれだけ抑えていた欲情が、沸騰するみたいに湧き上がったのだ。そうなったら欲情は止まらない。美鈴の唇から小さな胸に移動した。桃香のときに感じた、胸の大きさはまったく気にならなかった。

現実の世界で感じるより、魅力的な胸に夢中でオーラルを始めたのだった。


美鈴も美鈴で、魅力ある表情で僕を興奮させた。声のない静かなセックスと表現すれば良いだろう。僕とこれから交わることをわかっているのか?

とにかく、本能で美鈴を濡らしていった。勃起した下半身を濡れた秘部へゆっくりと挿入する。

横を向くと、美鈴が眉間にシワを寄せていたのがわかった。

力が入っているのか、まるで初めての経験みたいに思える。それを僕に伝えようとしているのか。美鈴の瞳の奥に渦巻くこれからの性行為に、好奇心と神秘的な光が見えた。

ドミノを並べるように、僕は慎重に濡れた秘部へ挿入させた。完璧に奥へ入ったとき、美鈴の頬から傘に雨が流れ落ちるような一筋の涙の線を描いた。

それを見た瞬間、僕は真実を知ってしまった。紛れもなく、北城美鈴の処女を奪ったのは僕だったんだ!!


鏡の中で美鈴が揺れる。小さな胸も上下に揺れていた。世界でただ一つの神秘的な表情を魅せる。そこに僕の姿は映っていないけど、僕と美鈴は初めて結ばれた。それは、僕の願望の世界と現実の世界でもない。

それでも真実は少し違って、運命も少し違って見えた。何もかも理解を超えた経験で、これからの道に、どんな結果が待っているのかもわからないーーーー


だけど、これだけは間違いない。美鈴の処女を奪ったのは僕なんだ。それだけは嬉しかった。


赤いラインが脳裏に走ったとき、僕は僕の世界に戻って来た。果たして、この表現は正しいのかわからない。

だけど、僕の生きる道が少しだけ見えたような。そんな気もするのだった。睫毛に触れた冷たい感触が確かなら、僕は美鈴の横で目を覚ますだろう。


シーツの中で包まる美鈴を見つめて、僕は考えていた。美鈴、君が初めて結ばれた相手は僕なんだよ。それを知っているかい?きっと、君はわかってもいないだろうな。あれは不思議な世界で、君と僕の願望の世界が重なった世界なんだ。

今の僕はそんな風に理解している。僕の生きる道に、君は奇妙な糸を手繰り寄せて現れたんだ。


僕の生きる道こそ、君の生きる道……


僕たちは時間いっぱいまで眠った。


潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く。そこに、僕と君の生きる道が重なったように思えて仕方がなかった。


第59話につづく

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