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第24話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

アラーム音を慌てて停止させた。息が止まり、階段下を凝視しながら一ミリも動かなかった。おそらくアラーム音は聞こえている。二人の男女は動きを止めて、石像みたいに固まった。

数秒ほどしたあと、私は後ろへ下がりながら一階に続く階段を降りた。姿は見られていない。二人から私の姿は見えない位置だったからーーーー


桃香が僕の頭を押さえた。胸のぬくもりがさらに際立って、僕は極上の柔らかさを感じた。しかし、桃香が頭を押さえた理由はわかっていた。僕らの近くで機会音がしたからだ。良く耳にする音。僕の携帯電話じゃない。

こんな時間に、電話を寄越す相手もいなかったし、唯一の相手は母親ぐらいだった。だけど、今夜は遅くなると伝えてある。基本的に僕の母親は必要最低限のこと以外は干渉しない。

だったら、誰の携帯電話が鳴ったのだろうか?


「海ちゃん、今聞こえたよね」


「うん」と返事をして、僕は顔を上げると、桃香の肩越しから踊り場の方を見つめた。薄暗い闇が静寂な雰囲気を残していた。

時刻を確認すると、大人の成人式の開始まで十分を切っていた。


「そろそろ行こっか」と僕が立ち上がると、桃香が捲くし上がったセーターの乱れを整えて、僕の腕を掴んで立ち上がった。

腰に手を添えると、僕たちは自然な動きで唇を重ねた。


屋上へ続く階段を一歩ずつ上りながら僕は桃香に質問をした。この際だから気になっていたことを訊ねる。僕たちは大人の成人式へ参加するためにやって来た。だから、ルールを守って来た訳だが、たった数時間前にルールを破っている。

言うなれば、ルール違反であり、童貞でも処女でもない。そんな僕たちが、今さらルールを守るべきなのか。


ルールその①
参加者と話すことは禁止されていた。すなわち、僕と桃香は話せない。だけど、僕たちはルールを破っている。

すると、桃香が僕の背中に向かって、ルールはルールだから守りましょうと言った。僕はそのことについて考えたが、頭の中で何の意味があるのか疑問だった。

それでも桃香が言うなら、僕は素直に従う。昔から反対意見を言うことはなかったから。


屋上へ出る扉を開けると、冷たい冷気が僕らを出迎えた。粉雪から真綿のような雪に変わった空、境目のない灰色の雲が街並みを覆っている。まだ誰の姿も無かった。僕と桃香はルールに従って身振り手振りで合図をした。

そして、貯水槽のある建物へと歩き出した。すでに屋上は真っ白い雪が積もり、僕らの足元は足首が埋れそうなぐらいの雪の上を歩かなければならなかった。この日のために、桃香はロングブーツを履いていた。

僕は普通の靴だったので、あっという間に靴の中が濡れた。


貯水槽の建物の裏側に移動して、僕らは大人の成人式が始まるのを待った。頭上には申し訳ない程度の屋根があったので、雪で濡れることはなかった。それでも屋根の面積が狭かったので、僕の肩は少しずつ雪が積もった。

桃香は気を使って、僕を自分の方へ寄せた。そんな優しさに、僕は目で合図を送った。そして、二人は自然と手を繋いで、寒空の下で大人たちを待つのだったーーーー

男の子が先頭に立って屋上へ向かう。その後ろを女の子がついていく。男の子は後ろ姿しか見えなかったけど、女の子は横顔が見えた。私はその顔に見覚えがあった。睫毛の長い切れ長の目をした女の子。

アップしていた髪は後ろで結ばれ、晴れ着から私服に着替えていた。

だけど、階段ですれ違った女の子だとわかった。


どうやらあの子も同じ目的で集まったようだ。それに、もう一人居た男の子も同じ目的。大人の成人式へ参加するために来たんだ。でも、気になったのは先ほどの出来事である。

階段下で二人は逢い引きをしていた。それは間違いなのない事実だった。幾らルールを守っているとは言え、あの行動は良く思えなかった。


私はこの日のために守ってきた。なんだが不公平である。あの二人、ホントにルールを守ったのかしら。そして、私はあとを追うように屋上へ向かうのだった。

時刻は真夜中の零時。ついに大人の成人式が開催されるーーーー


腕時計が冷たい手錠みたいに思えた。そんな比喩表現を思いついたとき、時刻は零時半を過ぎようとしていた。痛々しい冷たさが手先を凍らせた。止みそうにない雪が、僕たちを世の中から消すように積もる。

まだ大人の成人式は始まらないのか?真っ白い屋上で息を潜める二人。白い息のリズムが段々と速くなっていた。冗談抜きで、このままじゃ凍え死ぬかもしれない。

かれこれ三十分は過ぎていたが、一行に始まる気配がなかった。


吐く息まで灰色になりそうだ。あまりの寒さに、僕は繋いだ手を離して桃香の後ろに回った。そして、桃香を大切に包み込むようにして抱きしめた。僕の行動に対して、桃香はルールに従って一言も話さない。

それでも僕の行動が嬉しかったのか、僕の腕へ手を絡ませるように乗せた。
鼻先に桃香の頭が触れたとき、この寒い中でも桃香の髪の毛がラブホテルで嗅いだ匂いと同じだった。次第に抱きしめる力が強くなり、頭の中で描くのは桃香の裸だった。


正直な気持ちを言うと、僕は大人の成人式なんてどうでも良かった。こんな寒い所から今すぐ立ち去りたかった。もっと暖かい場所に移動して、桃香に触れたい気持ちで溢れていた。

二十歳で初体験をして、僕は大人の情事にハマったのだろう。それは普通のことだったし、桃香の魅力があってこその僕が誕生したんだ。


イメージから僕の下半身が少し硬くなっていた。寒さとは別なんだろう。熱い血が下へ下へと集中するように流れる。桃香の腰あたりに下半身が当たった。すると、桃香は少しだけ頭を動かした。


たぶん、僕の股間の膨らみを感じたんだろう。白い息を吐いたあと、ダッフルコートのボタンを上から二つだけ外した。

僕の気持ちを読むかのように、桃香は僕の腕を掴んで胸元へ誘導した。僕は深く息を吐きながら、セーター越しの胸を弄るように触った。この感触は触っても触っても飽きなかった。

いつまでも触りたい気持ちが行動に出ていた。


下着を付けていない桃香。胸の感触が直に手のひらへ伝わる。その瞬間に思ったことは桃香の中に挿れたいと。


「もう帰ろうか」と僕は呟いた。


そんな呟きが、唐突にかき消された。


バタン!!!!


大人の成人式は始まっていたのだ。


第25話につづく


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