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第38話「蛇夜」

夏休みに入る前、同級生の夢川くんが教えてくれた。それこそが真夜中に行われる儀式だった。


「夢川くんの祖母が真夜中の黒土山で女性たちを集めて、何かをすることを聞いたらしいのよ。それを当時、仲の良かった日比野鍋子さんへ話した。今月の七夕、黒土山の麓へ集合すると」


「それが儀式ってことですか?」と僕は聞き返した。


「ええ、そこで集まる女性の中に、私の母親も居ました。集落では袴田のおばちゃんと言われてて、父親は村の村長をしていたわ。日比野鍋子さんとは四つも離れていたので、さほど話す仲ではなかったけど、彼女からその話を聞いていたの」美玲さんはそう言って一冊のアルバムを手渡した。


蛇足小学校卒業アルバムと記載されていた。随分と色褪せていたけど、中を開くと、当時の卒業生たちが写真に映っていた。美玲さんが三組の頁を開くように言ったので、僕は三組の頁を開いてみた。


囲炉裏の炎を灯りにして、集合写真の生徒たちを眺める。


「前列の左から三番目の女の子が日比野鍋子さんです。その後ろで丸坊主の男の子が居ると思うけど、その子が夢川くん。二人は小四まで仲が良かったんだけど、五年生になった頃からあまり話さなくなりました」


「それは四年生のとき、黒土山の儀式を見た後ってことになりますよね」


「そうですね。二人は小四のとき、真夜中の儀式を見ています。そして、私の母親も参加しています。母が参加した理由は一つ。ある願いを叶えて貰うためです。叶えてくれるのは黒土山にまつわる神話に伴って、蛇苺様へ捧げる生贄が用意出来たからです」


美玲さんの母親が儀式に参加していた事実。そして、美玲さんの母親もある願いを叶えて貰おうとしていた。


と言うことは……


「あの、これは僕の方で調べたことなんですが、日比野鍋子の両親と、弟が失踪していますよね。それって、今回の件と関係があるんですか?」と僕は気になっていたことを質問した。


「そんなこともご存知だったの。だったら悲しい結末を知ることになるわ。日比野鍋子さんの両親と弟は、この世にいないわ。村の人たちの手によって殺されています。この集落のどこかで埋められている。私がそのことを知ったのは、姉から聞いた話。だから、日比野鍋子さんは、小学校を卒業するまで夢川くんの家で暮らしていたの」


「殺された!?それを村の中で隠し続けていたのか。なんてことだ。そんなことが許されるなんて」


村の人間達がグルになって、犯罪を隠していたこと。そして、日比野鍋子が夢川という同級生の家に住んでいた。この集落の人間は狭い世界の中で、独自のルールで暮らしていたんだ。そう思うと恐ろしい。ただただ、恐ろしい集落だと思えた。


「話を戻しましょう。彼女の両親や弟さんが殺された理由は追って説明します。まずは、この村に伝わる神話。それが一番重要なんです。神話があることによって、村の女性たちは夜な夜な儀式のことを話し合っていた。次は誰が儀式に参加するか。そして誰の命を救うのかと」


美玲さんの口調は淡々としていたが、時折見せる表情に、切ない目を浮かべているようにも見えた。所詮、神話とは古来から伝わる嘘みたいな話。

だけど、この村では真実として村の女たちは信じていた。つまり、儀式によって願いを叶えた者が存在してるということだ。

目の前に居る、美玲さんの母親が儀式によって、願いを叶えて貰ったかもしれない。


いや、そういうことなんだろう。


「草餅さん、黒土山の守り神は遥か昔から蛇なんです。蛇足山という名前の由来通り、山の道が蛇のようにうねっていたと言われています。一度山に入れば迷って遭難するそうです。だからこの村は、他人から侵入されることなく独自の世界観を持っていました。そして、彼らは誰にも関与されることなく、黒土山の麓に集落を誕生させて生きていた。だけど、時代の流れは変わります。いつの日か古い習わしなど衰退するものです。現に集落から若い者が居なくなり、村は人里離れた土地を捨てた」


その結果が生んだ悲劇となるのか?


「先ほど、私に姉が居ると言いましたよね。それは、母親にとって儀式に参加した理由になります。今から三十年前以上の出来事ですが、当時、私の母親は一人目の子供を妊娠していました。それが私の姉。そして、四年後に私を妊娠します。つまり私の姉は、日比野鍋子さんや夢川くんと同級生ってことになるんです。私の言ってることはわかりますか?」


「ええ、理解してますよ。それが神話と関係してるんですか?」と僕は訊き返した。


このあと、袴田美玲さんは黒土山の神話を語ってくれた。僕はその話を聞いて驚愕するのだった。古から伝わる神話とは、ときに人間の欲望を狂わせるかもしれないと。


そう思ったからだ。


人は人であり、人を生むということ。それが、世の中で当たり前だと思わない方が良いかもしれない。


第39話につづく

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