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第4話「黒電話とカレンダーの失意」

 黒電話が一回だけ鳴る。鳴らしたのはアパートの前で煙草を取り出した平家の仕業だ。これは決め事で一回だけ鳴らすと、僕に用があるってこと。二回鳴らしたら姉さんと決めていた。携帯電話を持っていないこともあったので、僕たちの中でルールとして決めていたことだ。

 僕は着慣れないスーツに身を包んで、平家の元へ向かった。階段を降りてる途中で、僕の方を見て平家が手を挙げてきた。僕も手を挙げて無表情な顔して返した。すると平家が一本だけ煙草を手渡してから歩き出した。

「ほら、ライター。通夜は吉橋の家でしてるらしいぜ。歩いて行こうか」と平家が言う。

 まるで、その場から急いで立ち去ろうとしているみたいだ。きっと姉さんを迎えに来てた頃を思い出してしまうからなんだろう。

 姉さんを迎えに来る風景が、三年前にあったなんて今では懐かしくも思える。

「吉橋の家ってどの辺だった?」と僕は少し前を歩く平家へ訊いた。

 すると平家は立ち止まって、吸っていた煙草を道の溝へ投げ捨てた。僕はそれを見届けてから、彼から貰った煙草に火を点けた。数ヶ月ぶりの煙草を味わいながら、薄暗くなった住宅街を見渡した。

「実は知らねぇの。おれも小学校を卒業してから付き合いなかったし、あいつの家なんて覚えてないよ」

「って言うか、吉橋の家なんて遊びに行ったことないだろう」と平家の背中に向かって言う。

「まぁな、実はチャコから連絡があってさ。あいつ、吉橋と一番仲良かったろう。それで知ったんだ。実はこの先の公園で待ち合わせしてる。悪いな、黙ってて。お前のことだから行かないとか言いそうだったし」と平家はそう言って振り向くと、申し訳なそうな表情をしてきた。

「連絡取ってたんだ?」

「いや、ほとんど取らないよ。だから、おれも久しぶりに会うけど。お前はどうなの?」

「僕も三年ほど会ってないよ」と答えてから、僕は表情を曇らせた。

 三年前と言ったら、姉さんが死んだ年でもあった。

「そっか……」と平家も察したのか、黙ったまま再び歩き出した。

 僕たちはお互い無口になったまま、だんだんと薄暗くなっていく住宅街を歩き続けた。坂道に差し掛かったとき、待ち合わせ場所の公園が見えた。あの公園にチャコが待っている。そう思うだけで、どんな顔をすれば良いのかわからなかった。

 三年前、僕とチャコは恋人同士だった。僕の初めての彼女で、彼女にとっても初めての彼氏である。そんな二人が三年ぶりに会うなんて思いもしなかった。

 まったくもって、人の死は思いもしない出来事を運んで来るようだった。加代ちゃんの死は悲しくもなくて、ただただ憂鬱な気持ちにさせた。それだけじゃない。姉さんの死を思い出させたりと、人の気持ちを勝手にコントロールしているようにも思えるのだった。

 それでも僕は元恋人のチャコと、こうして再会するのだ。だけどこの再会は、決して気持ちの良いものではなかった。

第5話につづく

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