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第39話「蛇夜」

村にある唯一の診療所で袴田清美は小さな命を失った。待望の妊娠だったのに流産という悲劇が彼女を襲った。


それから四年の月日が流れて、再び、新しい命を宿らせた。生まれてきた子供は女の子で美玲と名付けられた。

無事に生まれてきてくれたことを感謝して、袴田清美は美玲さんを大切に大切に育てたという。

だが、それから数年後の夏。袴田家に奇妙で不可思議なことが起きるのだった。それが、伝えられている神話とそっくりだったこと。そして、美玲さんの目の前に現れた姉が、全てを物語っていた。


「草餅さん、もうお分かりですよね。黒土山に伝わる神話の正体。それは生まれてくる運命だった子を失った女性が、現世にもう一度蘇らせる儀式だったんですよ」


「信じられない。そんなことが……」と僕は言葉を失いかけた。


「姉の名前は美海(みみ)。無事に生まれていたら、日比野鍋子と同い年でした。だから突然、あの二人の前へ現れた同級生に動揺したでしょうね。もちろん、私も驚きましたけど、村の女性たちは気にしてしませんでした。それが暗黙の了解なのか、村の男たちも知らぬふりをしてるようでした」


「父親は、美玲さんの父親は何も言わなかったんですか?」


僕の質問に、美玲さんは首を傾けて遠い目をした。耳を澄ませしているようにも見える表情。囲炉裏の中で薪の燃える音が、静寂な部屋の中を鳴り続けていた。太い薪が燃え折れたとき、パキンと音が鳴った。美玲さんは我に返ったような表情をして、僕の方を見つめた。


「姉が家にやって来たとき、既に父親はいませんでした。正確に言うと、儀式が始まる数日前から行方不明になってます。だけど、私は父親の最後の姿を見ています」


「どこで見たのですか?」


「日比野鍋子さんと夢川くんが隠れて見ていた儀式の夜。つまり、私の母親が参加していた儀式です。そこで、母親は黒土山の守り神と言われている蛇苺様に生贄を捧げています。流産で無くした命を取り戻すには、蛇苺様へ生贄が絶対に必要なんです」


「ま、まさか!」と僕の中で、最悪なことが頭によぎったので無意識に呟いた。


「そのまさかですよ。草餅さんも見てますよね。日比野鍋子が行なった儀式で見た布袋の中身を。私の母親が生贄に選んだのは父親でした」


目の前で語られる真実を聞いて、僕はあらゆることが頭によぎった。袴田美玲の口許に、薄ら笑いが浮かんだとき恐ろしかった。彼女の母親が、生贄に選んだ相手は旦那。そして、話の流れから、日比野鍋子が生贄に選んだのは夢川という同級生。


つまり、選ばれた者イコール生贄。生贄イコール選ばれ者。要するに、僕は袴田美玲に選ばれた者。

神話に基づいて、袴田美玲はこの奇妙な事件に関わった僕を選んだってことになる。


そして、僕は見てしまっている。見たらダメというのは、黒土山で行われていた儀式の事だったんだ。


「草餅さん、どうしたんですか?顔が青ざめていますよ」


逃げるべきか。今すぐここから逃げるべきなのか。いや、逃げることはできない。何故なら、袴田美玲は雫を誘拐している。この時点で、僕に選ぶ権利はない。言うなれば人質を取られているようなものだ。


「私、日比野鍋子さんと夢川くんが隠れて見に行った儀式。実はこっそり見ていたんです。だって、私が寝静まったあと、母が家を出ていくのに気づいたの。それに、日比野鍋子さんから黒土山へ儀式を見に行くと聞いてましたし。だから、私は日比野鍋子さんたちの後ろから、その様子を見ていた。そしたら、生贄になった父親の生首をこの目で見てしまったの」


袴田清美が参加していた儀式。あのとき、儀式を見ていたのは、日比野鍋子と夢川。そして、娘である袴田美玲の三人だったんだ。


この奇妙で不可思議な事件は、田舎町に伝わる神話から始まっていた。


そして、僕の運命はどうなってしまうのだろうか?


第40話につづく

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