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第5話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

肩まで包まれた毛布の中で、僕は千夏先生の言葉を繰り返した。大人の成人式?あの頃の僕が、もちろん成人式を知っているわけでもない。初めて聞く言葉だったし、想像もできなかった。

そんな僕に対して、千夏先生は隣に座ると詳しく話してくれた。人は子供時代から大人時代へと仲間入りをする。それは決められたことでもあり、誰しも通過する道なのである。


「宛てのない道を歩く。先生はそんな風に呼んでいたわ。省吾くんには、まだわからないと思うけどね。それは、大人時代の門を叩いてから考えれば良いわ。省吾くんは省吾くんの宛てのない道を歩く。もしかしたら、定められた運命かもしれないわね」


二十歳が近づくにつれて、千夏先生が教えてくれた言葉は難題だった。五才の僕に対して、先生はどうしてこんな話しをしてくれたんだろう。それを確かめるために、僕は大人の成人式を見てみようと思っていた。


桃香もこの目で確かめようと、わざわざ地域の違う成人式へやって来た。

千夏先生が話し始めてから数分後、一人、運動場で遊ぶ桃香の姿があった。


「あれ?桃香ちゃん、まだ遊んでいたんだ」話しを一旦やめて、千夏先生は窓から運動場を見た。


僕も立ち上がって、運動場を覗いた。錆び付いたジャングルジムで、一人の女の子が楽しそうに遊んでいた。横顔から知っている女の子だとわかったけど、彼女と会話した覚えはなかった。

この頃、僕は暗い子供だったので、同い年の女の子と無駄な話しはしていなかった。


「ちょっと待ってね」先生はそう言うと、僕を教室に残して立ち去った。程なくして、一人の女の子を連れて戻って来た。


「あれ?海ちゃん何してるの」と五才の桃香が僕を見て言った言葉である。


二十歳の僕は、当時を思い出して鼻で笑った。隣に居る二十歳の桃香も鼻で笑ったあと、僕の顔を覗くように見つめた。きっと、頭の中では同じことを描いているのだろう。ほとんど喋ったことのない二人。ましてや、クラスで目立たない男の子。

そんな僕に対して、彼女は海ちゃんなんて呼ぶもんだから、五才の僕はビックリしたに違いない。


「海ちゃん!!へぇー、省吾くんは桃香ちゃんからそんな風に呼ばれてるんだ」先生が驚いた表情で聞いてきた。


もちろん僕は、顔を伏せて何も答えない。そんな僕に構わず、桃香は僕に話しかけた。今となっては、話す内容は五才の子供同士の会話。大した内容ではないだろう。

そんなことより、僕は千夏先生がチラッと話してくれた内容の方が気になっていた。


「桃香ちゃん、今日はお母さんのお迎え遅いね。いつも四時過ぎには来てなかった?」


「うん、今日はお母さん遅くなるって言ってた。だから、外で遊んでたの」桃香はそう言うと、教室にある遊具で遊び始めた。

僕は毛布を深く頭に被ると、しばらくその様子を見つめていた。


「あれが、最後だったんだよね。海ちゃんと話したの。ねぇ、覚えてる。次の日、私が保育園に来なくなったの」と桃香が行き交う人々へ話しかけるように言った。


僕たちの振り返った思い出は、ここからが本題だった。あの寒かった日、僕らは一人の大人から何かを感じていたのだろうか?

それとも、今夜行われる大人の成人式で学ぶのか。この時点では、まだわかっていなかった。


第6話につづく

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