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旅行記とは事件が起こった瞬間書かれるべきである。

6月21日火曜日、空はどんよりとした曇天に覆われ、空気は古びた銭湯のぬるま湯のようにジメジメとしていて、僕の気分は晴れやかとは言い難かった。

それでも今日はいい日である。なぜなら人生で初めてミラノに向けて発つのだ。なんならヨーロッパも僕が初めて踏む地である。一体誰がこのワクワクを抑えられようか。

ここ最近は驚くほどに忙しかった。週末も働き詰めで、睡眠時間までも削られ、感性も着実にすり減っていった。それもこれも、全てこのミラノ出張のためである。ミラノに行くためならどんな忙しさだって耐えられる。そう思っていた僕でも疲れてしまうくらいには忙しかった。

この日は尋常ではないし量のパッキングをチームメンバー全員で進めていた。僕も途中までは手伝っていたが、そろそろパッキングをしなければならないと1人抜けて、あとはもうミラノまでゆるりとすごそうと考えていた。

チームメンバーにも期待の眼差しを向けられ、夜ご飯は空港でなにを食べようかと考えていた時、ふと僕の脳裏に奇妙な考えが湧いた。

ミラノ到着は21日14時である。しかし今は日本時間21日17時。いくら時差が戻るといっても、ほぼ丸一日を戻れるのだろうか。これではまるでタイムトラベルである。またの名を時間泥棒というかもしれない。飛行機がなぜ飛ぶのか科学的に未だ証明されていないという説を唱えるものがいるが、飛行機は時空を飛べるという説もあるのだろうか。

そこからはこの湧き出た疑問が頭の中から消えず、運転中にもかかわらず携帯を操作し、飛行機の時間を確かめた。

たしかに到着時刻は14:20である。これだけは間違いない。フォントも少し大きく濃いめで画面に表示されている。

なるほど。やはり飛行機は時空を飛べるのだ。ぼくは安堵し、ため息をついた。

しかし冷静に考えてみよう。2022年である現代でそんな未来的なことが果たして可能なのだろうか。そう思い、僕は飛行機の時間をもう一度確認した。そしてそこには先程のフォントとは対極的なさあ、すごく小さく薄い文字でこう書いてあった。

6月20日

その文字を見た瞬間、僕の鼓動ははBPM200はゆうに超えていたと思う。

そう、飛行機が時空を越えるのではなく、出発日が昨日だったのだ。この時こそ、まさに時が止まった瞬間である。そして慌てて今日の日付を見ると、平然とした様子で6月21日とあった。

ふと前を見ると、前のタクシーが目の前にあり慌ててブレーキを踏んだ。とりあえずは事故は防いだ。

僕は頭をフル回転させ、無数に存在するこの後の展開を考えた。起きてしまったことは戻せないが、未来はまだ僕の行動で変えられる。

車を自宅の駐車場にいれ、すぐにSky scannerを開き、今から取れるチケットを調べた。幸い片道切符はまだ存在し、急いで手続きを済ませチケットを取った。

そしてオランダチームに遅れる旨を伝え、渋谷に移動し安堵したかと思いきや、僕の鼓動は再びテンポを上げることになった。

そこには夏休みのバケーションにピッタリと言っても過言ではない、8月21日のチケットが表示されていて、僕の頭は完全に壊れてしまった。

しかしまだ一筋の希望を信じて成田エクスプレスに飛び乗り成田に向かった。電車の中で再び飛行機を調べると、先ほどより安い価格で片道チケットはまだ残っていて急いで取った。楽天モバイルの電波の悪さをここまで呪ったのは人生で初めてだろう。

そうして空港に着いて、チェックインをした際に事の顛末を話すと、なんと帰りのチケットすら無効になると言うではないか。これはもう日本に帰るなというお告げだろうか。

しかし無事にチェックインはできた。これでひとまず予定には遅れるがミラノの地は踏める。

これまでにも海外にでようとした際に、パスポートの期限が切れていたり、祖母が亡くなったりと色々な事件が起きたが、今回はまさか出発日を間違えるとは。

自分の自己管理能力のなさに情けなくなりつつも、これから搭乗する。果たして僕は無事に帰ってこれるのだろうか。

また君と話せることを切に願っている。どうか君も僕の無事を祈ってくれ。

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