林のコブラパンチ
生徒が一人18歳になった。なにも不思議ではないが、なぜか不思議な気持ちになる。
「あいつ、もう18になったのか、信じられないな」
中1で初めて会った生徒は、僕の中ではずっと中1のままでいる。
「18歳になった時、どうだった?」
「あとさ、いつ帰ってくるんだよ?」
「九月に実家に帰る」
そう言いながら、いつまでも帰ってこない林にメッセージを送った。同じ町で、幼稚園から高校まで一緒だった旧友。
僕の中で林はずっと小学四年生のままだ。
「強そうなヤツだ」
「怖えぇ」
小学生時代、つるんでいた中根にそう話した。
林は近所のマサシ君を子分のように連れて、発泡スチロールの飛行機を右手で振り回して威張っていた。小川町公園で見た奴の後ろ姿が、今でも目に焼き付いている。
「全然怖くないよ、あいつ」
「いい奴だし」
「マジで?」
「知らんかっただ?」
「うん」
「だけど、、、」
「だけど?」
「だけど、、、」
「だけどなんだよ!?」
「言っちゃいかんに」
「うん」
「のりくんは、、、」
「のりくんは、、」
「コブラパンチを使うに」
のりくんとは林のあだ名。
のりたか、だから、のりくん。
聞けば幼稚園時代の暴れん坊、"なんのかつゆき"君から伝授されたという。
なんの君は幼稚園の年長のとき引っ越して消息不明だが、今でも隣町の小学校の同級生ですら話題にするほどの逸材。詳細は分からないが、幼稚園時代の武勇伝を聞きつけられ、時間と空間を超え50歳目前の僕たち大人にも恐れられている。
「コブラパンチ!?」
「強すぎるだろ」
「いや、」
「そんなに強くはなかった」
親友の中根がそう言った。
中根は僕より確実に弱かったが、時折マウントを取ってくるのだった。ただ、コブラパンチの強さを説明する能力は一切持ち合わせていなかった。
「林にはコブラパンチがある」
小4だった僕を心底ビビらせた現象学的真実。
林の手下だったマサシ君はとても優しく、僕は大好きである。同じ小川町で親友と決めつけていた。
「ねぇ、なんでのりくんと一緒にいるの?」
「怖くないの?」
「は?」
「のりくんって怖いだら?」
「は?」
「コブラパンチ打たれるもんで」
「は?」
「・・・」
「のりくんって、、誰?」
「え? 知らないわけないじゃん?」
「もう、い〜い~・・・」
彼は要領が悪く、諦めも早い。
「林のりくんに決まってるら!」
「かけしんの近くに住んでて、いつも一緒にいるじゃん」
「あぁ、のりくん?」
「早く言って」
「ずっと言ってるら!」
「なんで分からんだよ!」
僕はしつこい。
「分からんものは分からんじゃん」
「なにを言ってるだ!」
大喧嘩になった。
それからというもの、マサシ君はのりくんとばかり遊び、僕と遊んでくれなくなった。
「くそ~」
「マサシ君、のりくんとばっかり遊んでるに!」
中根に打ち明けた。
「ぶ~!」
「マサシ君と遊んでるだ?」
「オマエ、、」
「よわ!」
皆、マサシ君の良さを分かっていない。彼は優しすぎるがために敬遠される所があった。小4で担任だった安間先生からも同じことを言われたところが、昭和の暗黒面を垣間見させる。
「弱い奴はほっとけ」
「そんなことない」
「マサシ君は最高なんだ」
「どこが~?」
「笑える~~ww」
「弱い奴とつるんでるバカ発見!」
中根が反乱を起こしマウントを取ってきた。口惜しいが、奴は社会性も口の上手さも僕より圧倒的な格上である。
しかし、絶対的優位が一つだけあった。
腕力というものだ。
年に一回、定期的に中根の反乱を鎮めるため最終手段を使わざるを得なかった。ナイル川の氾濫と同じである。しかし、この時はまだその季節にまで至ってはいない。
僕は喧嘩が強いわけではなかった。ただ、中根よりは強かったのである。
「なんで、のりくんと遊ぶんだろう」
「怖くないのかな」
穏やかに聞いた。強者の余裕でなく、阿呆なほど呑気なのだ。
「え?」
「のりくん、優しいに」
根本的に平和主義の僕は優しい人が好きだ。
「嘘?」
「コブラパンチ撃つじゃん?」
「あ~」
「あれね、」
「めったに撃たん」
「ミツバチみたいなもんか」
「ミツバチ?」
「ミツバチはさ、一度人を刺すと死ぬんだ」
「嘘?」
「マジで!?」
「だから滅多に刺さん」
「スゲェ」
衒学的なのは今に始まった話ではない。
「じゃぁさ」
「コブラパンチ撃ったら死ぬかな?」
「死ぬな」
林が可哀想に思えてきた。
「のりくんと友達にしてあげる」
中根にそう言ってもらえた。
正直心強い思いで林の家へ向かった。
「なんで来ただ?」
当時、僕らと林はなぜか敵対関係にあったのである。
「友達になろうと思って」
中根が言う。
「嘘つけ!」
どうやら中根が林と一悶着あったらしい。
コイツはよく「友達にしてあげる」などと言えたものだ。
「本当だよ」
「ほら、ハットも一緒にいるのが証拠じゃん」
僕は「はやと」だからハットと呼ばれていた。小二の硬筆の授業で、はやとの「や」の点々を忘れ「つ」になっていた。
先生が、
「なんじゃこりゃ?」
「松井はっとくん」
「はっとくんいるか?」
これが発端である。
四年生までこのあだ名で、五年生からはベティと呼ばれた。
「ね、ハットもいる」
「友達になりに来た証拠だよ」
中根は自分が仲直りするために、僕をダシにしたようだ。流石の切れ者である。
このとき、僕はアホの子のように口を開けて突っ立っていたが、中根は口先を駆使して林の説得を成功させていた。
うちの母などは、
「中根っちは、はやとより絶対に頭がいい」
「将来抜かれるからね」
と、よく僕に勉強をさせるダシにしたものだ。
中根はさっぱり勉強しなかったものだから、高校もギリギリ卒業したらしい。ただ、ある時「俺、アメリカ行く」と、突然渡米したそうである。
高校から会わなくなってしまったが、いつか顛末を聞いてみたい。そして、このブログが読まれていないことを心から願っている。
場面は少々先へ。僕と林は仲良くなれた。中根も仲直りしたが、次の日すぐ林と大喧嘩して決裂していた。
僕が林の家で遊んでいると、マサシ君が遊びに来た。
ここで事件が起こる。
「お前はなんでいつもそうなんだ!」
林がマサシ君にキレだしたのだ。何か要領の悪いことをして、すぐ諦めたらしい。林は先生のようなところがある。この辺が中根と揉める原因である。
このとき僕はアホの子のように口を開けて突っ立っていた。
林が烈火のように説教を垂れ、マサシ君は口をへの字にしている。
僕の脳裏に悪魔の囁きがあった。
そしてこう口走ってしまったのだ。
「のりくん、コブラパンチ撃っちまえ!」
マサシ君が口を挟んだ。
「え??」
「コブラパンチってなに?」
彼は要領が悪い。
「コブラパンチ?」
あろうことか、林も分かっていなかった。
「なんの君に教えてもらったヤツだよ」
「超強いやつ!」
「え???」
僕は中根に話を盛られたようだ。
だが、必死で説明すると分かってもらえた。
「あ~、あれか~~」
「あ~、あれね~!」
マサシ君もニコニコ頷いている。
彼はなにを考えているんだろうと思った。
「やれ!」
「コブラパンチ!!!」
林の目の色が変わる。
「シューーー」
手をコブラにして、音も発しだす。
「音もあんのか!」
興奮マックス。
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
ついに出る。
僕は緊張した。
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「・・・・・・・・」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「おい!」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「早くしろ!!」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「いつやんだ!!!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・」
「もうこれで終わりにしよう」
林はそう言った。
「は?」
「終わりだ」
「は??」
「・・・・」
「・・・・」
「これでいい」
林はコブラの構えを解き、音もやめた。
マサシ君はしばらく真面目な顔をしていた。
林は背を向けて部屋の奥に帰ってゆく。
マサシが泣き出した。
のりくんと喧嘩したことが辛かったんだと思う。
そう。
林は人を殴れないヤツだった。
ただ一人の悪者、林にコブラパンチをせがんだ自分が情けなくなってきた。
ずっと下を向いてご飯を食べながら、明日マサシ君に謝ろうと心に固く誓った。マサシ君はすんなり許してくれた。本当に優しいやつだ。
「のりくんとも仲直りしようよ」
マサシ君を林のとこに誘った。
しかし、である。
「マサシはさ、もっと強くならないと駄目だ」
林は説教を始めたのだ。
「そうだ、コブラパンチを覚えれば良いんだ!」
僕は名案を思いついた。
「コブラパンチってなに?」
彼は要領が悪く、今でも同じセリフを吐くだろう。
「教えてやる」
「手はこう!」
「口もある」
「こう!」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「僕、そんなの嫌・・」
マサシは平和主義者だ。
「強くなるためだ」
「もう泣かなくてもいいんだぞ」
「やらなきゃ駄目?」
「当たり前だ!」
「特訓だでな」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「シューーー」
「本気でやれ」
「シューーーって!」
「シューーー」「シューーー」
「シューーー」「シューーー」
「シューーー」「シューーー」
「シューーー」「シューーー」
「シューーー」「シューーー」
「シューーー」「シューーー」
僕は笑顔で家に帰った。
・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
しばらくして林に会った。
「アイツ強くなった?」
内心マサシの修行にビビってはいたが、善人ヅラで聞いた。
「あぁ、あれね」
「マサシはさ、マサシのままでいいんだ」
「あれは無し」
彼の愛情は本物。
そして林はやはり、コブラのように強い心を持つ奴だと確信した。
これが僕の親友、林則孝である。
お読みくださいまして、誠にありがとうございます!
めっちゃ嬉しいです😃
起業家研究所・学習塾omiiko 代表 松井勇人(まつい はやと)
下のリンクで拙著の前書きを全文公開させていただきました。
そんなテーマです。是非ぜひお読みくださいませm(_ _)m
どん底からの復活を描いた書籍『逆転人生』。
5名の仲間の分も、下のリンクより少しづつ公開させていただきます。
是非ご覧ください(^○^)
こちらが処女作です。
起業家はトラウマに陥りやすい人種です。トラウマから立ち上がるとき、自らがせねばならない仕事に目覚め、それを種に起業します。
起業論の専門用語でエピファニーと呼ばれるもの。エピファニーの起こし方を、14歳にも分かるよう詳述させて頂きました。
書籍紹介動画ですm(_ _)m
サポートありがとうございます!とっても嬉しいです(^▽^)/