感謝の朝

昨日、子供から夫に電話があったらしい。来月初めには新しい部屋に引っ越すのだが、Wi‐fiの契約をどこにしようか、という相談だったようだ。
二年前にはこんな風に子供が夫に電話をするなんて、考えられなかった。私達夫婦との関りを一切断っていた子供が、自分から最も嫌っていた夫に電話を架けるなどということはあり得ない話だったからである。
昨夜遅くに帰宅した私に一部始終を話す夫の様子は、心なしか嬉しそうだった。

昨夜のリハーサル前、パートリーダーのHさんが話しかけてきた。
「ミツルさんはお酒嫌いなんですか?」
「いえ、好きですよ?」
「そうなんだ。打ち上げ、不参加になってたから」
先週末以来、予定が目白押しで身体を休ませる暇がない上に、仕事が最近とても忙しい。また「自分鞭打つ病」に知らない間にかかっては倒れてしまうぞ、と思って日曜日の夜遅く帰宅することになるのは避けよう、と思ったのである。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと来月頭まで忙しいこと続きなんで」
「仕事ですか?」
「それもあるけど、関西の両親がね…」
「なるほど、そうでしたか」
Hさんはまだ二十代独身だから、いつも私には敬語だ。
「三月にはS君とTさんの歓迎しようと思ってるんで、その時は来てくださいね」
S君は入団した時期が何度かのコロナの「第〇波」に重なり、既にサブコンマスという重要な位置に居るにもかかわらず、まだ歓迎会をしてもらっていない。
「そうですよね、S君まだですよね」
「うん、悪くて。早くしたいんです。もう出来そうでしょ」
「彼なら『あ、別に良いですよ』って言いそうですけどね」
「はは、確かに」
二人で笑った。

場所は鎌倉の大きなホールだ。音が物凄く返って来る。みんな最初は固くなっていたが、段々慣れてきた。フルートのSさんと音を合わせるよう、耳をしっかり集中させる。
みんなと吹いていると、「幸せだなあ」としみじみ思う瞬間がある。
引っ越しで何度も所属する楽団を変わったけれど、どこに行っても温かく迎えてくれる人がいる。大きな懐で受け入れてくれるプロの先生方との出会いがある。馴染みの楽器屋さんがある。素晴らしいホールがある。
快く休みをくれる職場の仲間がいる。「聴きに行ったるからな」と送り出してくれる家族がいる。その「家族」を取り戻すために一緒に歩いてくれた人もいる。

家族が笑顔でいられる。
好きな楽器をやれる。
職場でも趣味でも、仲間に恵まれている。
私には「ある」がいっぱいある。
今朝も私は感謝で満たされている。

今日は定期演奏会当日。
精一杯楽しんでこよう。