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身から出た錆

以前知り合った女性の回想を物語風にしてみました。当時は裏切られた感満載でしたが、今は幸せでいて欲しいと思っています。


彼女は今日も憂鬱だった。子供達は冬休みなのでゆっくりと起き、もそもそと朝食か昼食かわからない食事をそれぞれが取り、ゲームをしたり漫画を読んだりしていた。叱っても聞かないし、後で滅入るのは自分だし、注意は敢えてしない事にしている。身から出た錆は自分で落としやがれ、と理解ある母親のふりをしながら心の中で毒を吐いている。

憂鬱なのは子供達の所為ではない。今朝の夫からのLINEであった。

「仕事遅くなるなら、迎えに行くよ」

彼女はある会社に勤めている。そこには男性も複数いる。夫は心配なのだ。

夫の心配は無理もない。彼女はそもそも、前回も前々回も、パート先をクビになっている。1回目は妻子ある上司にちょっかいをだし、倉庫の中での逢引の現場を他の社員に見られて大騒ぎになり、自動的にクビになった。2回目は別の職場で、今度は随分年下の大学生のアルバイトに「お母さんみたい」と慕われるうちに個人的に付き合うようになり、そういう関係になった。彼女自身は「母心+α」のつもりだったのだが、彼は本気になり、離婚して自分と一緒になってくれ、と言い出した。怖くなり、別れを切り出すと彼は逆上した。彼女を殺して自分も死ぬ、という。刃物を取り出したので必死で逃げ、警察に連絡した。彼は殺人未遂の容疑で現行犯逮捕され、勿論二人共クビになった。

そんな酷い目にあっていれば、いい加減懲りても良さそうなものだが、彼女はやめられなかった。自分でもよくわからない衝動で、つい男性と必要以上に親しくなってしまうのだ。自分に気のありそうなターゲットを前にすると、実はそんなに辛くはない、既に割り切っている事や、日々の不満とは言えないくらいの小さな不満を、時に大袈裟なくらい、めいっぱいの笑顔とほんの少しの涙を交えて話してしまう。すると大抵の男性は、自分が何とかしてやりたいという気持ちになるらしかった。彼女はその誘導が、自分でもよくわからないまま、上手いようだった。

ただ、誰とそういう関係になっても、彼女の心の中にはいつも隙間風が吹いていた。満たされるのは最初のスリリングなほんの一瞬で、直ぐにつまらなくなってしまう。男ってなんでこんなに情熱が続くんだろう、といつも感心していた。

何があってもいつも笑顔の彼女には、何も知らない周囲からは素晴らしい評価がなされていた。その評価を謙虚に受け取るそぶりを見せつつ、満たされない気持ちを抱えたまま、彼女は着地する地点を見失って浮遊していた。

今日も会社では何人かの男性と顔を合わせる。最近一人、アプローチを仕掛けてくる者がいる。そんなにときめかないけど、あれでもいいか。魚心あれば水心、くらいの気持ちだ。別に好みなんてない。妻子があろうが、年上だろうが年下だろうが、知った事ではない。どうでもいいし、誰でも良い。

彼女の二番目の子供は喘息で、発作が起きれば大変だ。しかも子供は中学生を頭に3人いる。でも、それはそれ。彼女は自分でもわからない衝動にかられたまま、今も突き進んでいる。

身から出た錆は、自分で落とす。自分の事だ、と彼女は心の何処かで恐れながら、必ずやってくるその時を待っている。