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迷信なんて嘘っぱち

私より4歳年上のKさんは、井川遥似の美人である。ベテラン薬剤師で、二人のお子さんのお母さんでもある。
私がKさんと知り合ったのは今から25年以上前の事であった。

Kさんは、私の入団した吹奏楽団で、バスクラリネットを吹いていた。学生時代からずっとバスクラリネットだったそうで、深い良い音色をしていた。
一度も同じ学校に通った事はないのだが、何故かウマが合い、何度も誘われて一緒にコンサートに行ったり、同じステージに立ったりした。

見目麗しいKさんには、ちょっとした悩みがあった。
指が太いのである。ちょっとやそっとではない。
指輪の号数を聞いた時、思わず「指輪ってそんな号数あるんですか?」と聞いてしまったくらいである。
婚約の際エンゲージリングは諦めて、エンゲージネックレスにした、と後に聞いた。
指輪はスカーフリングみたいになるので、嫌だったそうだ。

ウチの母は何故か、
『指の太い女は不幸になる』
というよくわからない迷信をかたく信じており、Kさんの指の話をするとしきりに気の毒がった。
一体何が根拠か、よくわからない。母はどこでこの迷信を吹き込まれたのだろうか、と呆れつつ疑問に思っていた。

確かに、母が気の毒がるだけの事情がKさんにはあった。
Kさんはご家族の都合で、若い内からお一人で、病弱なお母様を養っておられた。手術するとか、入院するとか、そういった事がある度にKさんはまるで保護者のように、お母様をサポートしていた。金銭面は勿論の事、食事や住居に至るまでお母様の全ての生活を自分が担っておられた。
その傍ら、クラリネットを吹き、仕事をバリバリこなす。大好きな歌手のコンサートにも欠かさず駆けつける。車のメンテナンスも自分でする。
この人、いつ休むんだろう?といつも思っていた。

そんな時、クラリネットがご縁でKさんは旦那様と出会った。
実家からも遠く、年の差も大きく、お母様は反対したそうだが、Kさんは後顧の憂いがないように全てを手配して、お母様を説き伏せた。
思ったより時間かかったけどねえ、と言って笑ったKさんの顔は、とてもスッキリしていた。

Kさんの披露宴は全て手作りの、友人だけのこぢんまりとした、ほのぼのするものだった。
ケーキも、会場の飾り付けも、花嫁のブーケも全部お友達のお手製だった。
最後に旦那様や他の友人と一緒にクラリネットアンサンブルで1曲聴かせてくれた。
それを聴きながら、私は涙がこぼれてしかたなかった。

偶然、私とKさんは同じ時期に妊娠した。
妊娠中は色々電話で話した。どちらも故郷を遠く離れた土地での出産を選んだので、あれこれとお互いに相談したり、悩みを打ち明けあったりした。
頼れるKさんと話が出来るのは本当に心強かった。
やがて2週間違いで、二人共無事出産した。だから子供は同い年である。

その後一度共演させて頂く機会があったが、仕事に、クラリネットに、家庭に、相変わらずのパワフルぶりであった。
今は年賀状を交わすだけになってしまっているが、何年か前にはお母様も、姑さんも舅さんも天国に送り、少しずつ楽になっている、と書かれていた。

『指の太い女は不幸になる』なんて嘘っぱちである。
年賀状の家族写真の中のKさんの笑顔を見て、毎年そう思っている。