におう…
最近、におう。レジに来られるお客様が、である。
全員ではない。だが確率的に非常に高い。
なんの匂いかというと、なんといっても「汗」である。
最近は朝気温が低く、暖かいこのあたりでも気温が一桁になる日もボツボツある。朝早くから出かけようと思えば、誰でも多少なりとも肌着を厚めのものにし、上着をひっかける。
ところが、日中の気温は20度を超えることもある。店内は勿論開店前からエアコンがかかっている。急には温度は下げられないから、店内は少し暑いこともある。当然その服装で入ってくると汗をかく。
夏なら人は汗をかくことを前提で行動する。汗まみれになればシャワーを浴びたり、汗取りシートで拭いたりするし、汗をかく前に汗取りパッドのついた肌着を着たり、出会かける前に予めデオドラント効果のあるスプレーを吹いておいたりするだろう。だから案外、夏はそんなに匂う人は来ない。
ところが今の季節はみんな寒さには敏感でも、汗に対しては無防備である。だから匂うのだと思う。
年齢も性別も問わない。匂う人は匂う。
もう一つの匂いは、「タンスに仕舞ってあった臭」である。
急に寒くなると、慌てて冬物を引きずり出すのだろう。外に出すのが初めての服は、独特の「匂い」がある。今どきは匂いの残るような防虫剤は少ないだろうが、なんとなく匂うのである。
この匂いを漂わせるのは、高齢の方に圧倒的に多いのが特徴である。
私は気のせいか、視力が落ちるのに反比例して妙に鼻が利くようになっているので、こういうお客様がレジから遠くにおられても、匂いでいらっしゃる場所が大体わかってしまう。あ、帽子を見ておられるのだな、とか、ブーツのところにいらっしゃるな、といった具合である。
匂いが近づいてくると、レジに持ってこられるんだな、とわかるので用意をして待ち受けている。こういう方は歩くスピードが遅いことが多いから、準備をする時間はゆっくりあることが殆どだ。
レジはお客様との距離が近い。だからこれらの匂いがかなりダイレクトに鼻に来る。顔をしかめるわけにはいかないので、鼻にシャッターを下ろして何事もなかったように、笑顔で平然と応対する。あまりにキツイ時は、ばれないようにマスクの中で小さく「クサっ」と呟くこともある。
マスク生活は嬉しくはないが、こういう時物凄く救われる。
私の母親は大変鼻の利く人で、冷蔵庫の中のものが傷んでいるかどうかを嗅いで判断していた。その判断が正確だったのか、単に運が良かったのかはわからないが、家族内で誰かが傷んだ物を食べてお腹を壊した、というようなことは一度もなかった。
母は着かけの衣類を洗濯するかどうか、も匂いで判断していた。これはまだ大丈夫、これはもう臭いから洗う、といった具合である。母の判断は絶対で、私たち家族は大人しく言いつけに従わざるを得なかった。
食べ物でも衣類でもお構いなく、いちいち鼻を近づけてクンクンやる様は我が母ながらちょっと異様だった。妹と私はそんな母を「臭気判定士」と呼んでからかっていたが、母は自分の鼻力?に自信を持っていたようで、いつも自信満々にクンクンやっていた。
因みにプロの臭気判定士は、どんなに臭いと感じる匂いを嗅いでも無表情でいなければならない、と聞いている。複数の人で匂いの判定をするので、ほかの判定士に影響を及ぼさない為だそうだ。
うちの母にはこの点は守れそうもない。
自分の匂いは自分でわからないから困る。
以前担当してくれた美容師さんはお友達と、
「臭かったら絶対『臭いで』ってお互いに言おうな。それで友情が崩れるとかなしやで」
と固く約束してあるのだ、と言っていた。羨ましい友情である。
私も出勤前の夫には遠慮なく、
「今日、ちょっとにおうで」
ということにしている。夫もそれを望んでおり、自分から
「おい、におわへんか?大丈夫か?」
と聞いてくることも多い。
以前と違っておしゃれなオフィスに通っているので、場にそぐわない匂いを発していないか、気にしているようである。
自分が嫌な匂いをまき散らしているなんて、誰だって思いたくない。
レジは結構暑い寒いがきつい場所で、汗もよくかく。いろいろ対策は講じているけれど、常にちょっと気になっている。
私も誰かに臭気判定してもらえたらいいなあ。変な匂い、撒いていませんように。